レッスン! 〜幼なじみを終わらせる、正しい方法〜

「これは、デートなんだぞ?  『あーん』くらいは、普通じゃないか?」
 
​「いやいやいやいや! さすがにこれは、ベタ過ぎんだろ。平成のラブコメか、周りを見ろ!」
 
 朔が目立ち過ぎるせいで、ただでさえ周囲の視線を無駄に釘付けにしているこの状況。
 衆人環視の中での羞恥プレイとか、冗談じゃない!
 
​ 恥ずかしさで、顔が熱くなるのを感じる。だが、朔は一歩も引かない。
 
​「翔太……。年上のお姉さんは、こういう強引なリードに弱かったりするんだよ?  ほら、練習」
 
​ ……練習。そう、これは練習なんだ。
 俺は覚悟を決め、羞恥心で震えながら、朔の差し出したパスタをパクりと口に含んだ。
 
​「……おいしい」
 
​「あはは、よく出来ました。翔太、ソース付いてるぞ」
 
​ そう言うと、朔は親指で俺の唇の端を拭った。そしてその指を、あろうことか自分の口に運んだのだ。
 
​「なっ……!?」
 
​「うん、おいしい」
 
​ 確信犯だ。……この男、絶対に俺の反応を楽しんでやがる。
 それが分かっていても俺の心臓は、さっきのアクション映画の爆破シーンよりも激しく跳ね上がっていた。

「次は、翔太の番な。ほら、あーん」

 二ッと意地悪く口角を上げて笑い、大きく口を開けて目を閉じる朔。……本当に、この男だけは!!

 だが俺は、生まれながらの負けず嫌いなのだ。やられっぱなしのままでは、絶対に終わらせねぇ。
 覚悟を決めてパスタをフォークに絡め、それを彼の口元へと運んだ。

 それをもぐもぐと咀嚼しながら、ぱちりと朔のまぶたが開いた。
 激しく動揺しながらも何か報復してやろうと考えたのだけれど、彼は口の端についたトマトソースを舌先でぺろりと舐め取った。

 ……えっろ!! なんだよ、今の仕草は。……あんなの、俺がやってもギャグにしかならねぇぞ。

 愕然としながら、朔の顔を凝視する。すると朔は、おかしそうにプッと噴き出した。

「なに? その顔。可愛過ぎるんだけど」

 クスクスと笑いながら俺に向かい再び手を伸ばし、頬にふにふにと触れた。

「……朔、お前まじでやべぇな」

 真っ赤であろう顔のまま、彼を睨み付けた。だけど彼は俺から顔をそらして、ふるふると肩と声を震わせながら答えた。
 
「それは、どうも」

「……褒めてねぇよ。お前ほんと、いろいろと慣れ過ぎじゃね?」

 呆れながら聞くと、朔は少しだけ考えるような素振りを見せた。そしてそのあと再びまっすぐに俺の顔を見据え、真剣な表情で言ったのだ。

「全然慣れてないよ。……ここまでするのは、本当に特別な相手にだけだから」

 朔の瞳から、目をそらすことが出来ない。見つめ合うこと、数秒。
 それから朔は、にやにやと下卑た笑みを浮かべた。

「なーんてな! 翔太、キュンとしたぁ?」

「んなわけ、あるか! ほんとお前、ふざっけんな!!」
 
 ふるふると、怒りと羞恥に震える俺。しかしそんな俺を無視したまま彼は自分の分のパスタをくるくるとフォークに巻き付けて、まるでお手本みたいに綺麗な所作で口へと運んだ。

***

 デートの予行演習を終えて。そこからの数日間は、本当に何事もなかったみたいに朔はこれまで通りだった。
 ……俺はあの日の後遺症を引きずり続けて、いまだに彼のふとした仕草や行動に翻弄され、無駄にドキドキさせられているというのに。

 そのせいですっかり早苗さんへの連絡を忘れそうになったタイミングで、珍しく彼女の方からメッセージが届いた。

『しょーた君、ちょこっとぶりだね。最近忙しいのかな? 寂しいよぉ…』

 しかも愛らしい、うさぎのスタンプまで添えられている。こんなの。……こんなの、いろいろと期待しちゃうじゃないか!!

 にやにやと、緩む口元。
 だけどそれが届いたのが講義の最中だったせいで、朔に気付かれてしまった。

「どうした? 翔太。顔、キモいんだけど」
 
 あまりにも酷い言われようである。だけど俺は上機嫌だったから、その失礼な物言いには反応することなく満面の笑みで答えた。

「ふはは、見ろよ朔! 彼女から。……早苗さんから、DMが来たぞ!」

 スマホの画面を開いたまま、ドヤ顔で朔の方に向けた。
 その瞬間いつも飄々としている彼の表情が、一瞬だけ険しく歪んだような気がした。

 それに驚き、彼の顔を凝視する。だけどそれはやはり気のせいだったのか、次の瞬間には彼はいつもみたいに何を考えているのかよく分からない無駄に爽やかな笑みを浮かべていた。

「へぇ、やったじゃん翔太。返信、してあげたら?」

 当たり前みたいに言われたが。この男の前で返信を書いて送るのはなんとなく気恥ずかしい。
 それに、またしても駄目出しされても腹が立つ。そのためまた少し動揺しながらも、にへらと笑って答えた。

「後でするよ」
 
 再びスマホの画面に目を向けたままにやけていたら、横から舌打ちが聞こえてきた。
 さっきは見間違えかとも思ったが、やっぱりこいつ、なんか怒ってる……? 

 朔はてっきり俺と早苗さんの関係を、応援してくれているものだとばかり思っていた。
 だけどこんなくだらないことまでいちいち報告されるのは、彼からしてみたら迷惑極まりないことなのかもしれない。
 
 それに気付いたから、ぼそぼそと小さな声で告げた。

「ごめん、朔。ちょっと俺、浮かれ過ぎてたかも。こんな話聞かされても、お前は迷惑なだけだよな……」

 すると朔はぎょっとしたように瞳を見開き、それからガシガシと頭を掻きながら言った。

「そんなわけない! 俺としては、何も知らないうちに裏で進展される方が困るし……」

 そこまで言うと彼は、自身の口を手のひらで覆った。
 でも俺と彼女の関係が進展したとして、いったいどこにこの男が困る要素があるというのか?

 そんな俺の疑問が、そのまま顔に出てしまったのだろう。彼は困ったように笑い、俺の頭をワシワシと撫でた。

「俺の言葉の意味が分かんないなら、それでいいよ。……今は、まだ」

 そう言って彼は、少し寂しそうにほほ笑んだ。……でも、なんで?

 だけど次に彼が発した言葉のせいで、そんな俺の疑問は一瞬のうちに霧散した。

「ところで、翔太。相手は結構年上だったよな? 俺は悪くないと思ったけど、この間みたいな服装だとガキ扱いされたりして」

 それは俺自身、気になっていたことだった。

「ということで今度は、お前の手持ちの服でコーディネートしてやろっか? 年上のお姉様との、テートに向けて♡」

 こんな風に、言われたら。……俺が持つ答えは、これしかあるまい。

「お願いいたします、朔様。助かります!」

 勢いよく席を立ち、頭を下げる。だけど今はまだ講義中だったせいで、教授が呆れたように言った。

「おーい、そこのふたり。今は講義中だって、分かってるか? 何をお願いいたしたのかは知らんが、田村には講義に集中してもらえるように俺は頼みたいよ……」
 
 教室内が、爆笑の渦に包まれる。そのため慌てて頭を下げて、再び席に着いた。

「さーせんっした!」

 そしてそんな俺の隣では、朔が机に突っ伏すみたいにして笑いをこらえ、ふるふると震えていた。