レッスン! 〜幼なじみを終わらせる、正しい方法〜

「ん……っ、ふっ……! 朔、もう駄目だって。やだ……、やぁ……!」

 自分からはじめたものの、キスのやめ時が分からない。
 というよりはしっかり体をホールドされているせいで、逃げることが出来ないのだ。

「こっちが、駄目だわ。ほら、翔太。お口、あーんして?」

 まるで子どもに言うみたいに言われたが、色気がすさまじい。
 彼の体にすがり付いたまま、彼のテクニックに翻弄され続けた。

 だけど満足したのか、しばらくすると彼は俺の唇をようやく解放してくれた。

「ごちそうさまでした♡ 今日のところは、これくらいで勘弁しておいてやろう」

 うりうりと、頬に頬を擦り付けながら言われた。

「そいつはどうも、ありがとうございます。ってお前、めちゃくちゃ偉そうだな!?」

 だけど俺の言葉には答えることなく、朔は俺の耳元で甘く囁いた。

「……はぁ、それにしても翔太は可愛いな。やっぱ好き、めっちゃ好き」
 
 激しく動揺し、フリーズする俺。たぶんこれに慣れるのには、まだしばらく時間がかかりそうだ。
 
 一度想いを俺に伝えた後の彼は箍が外れてしまったのか、びっくりするくらい何度も好きという言葉を口にした。
 それに戸惑いがないといえば嘘になるが、嬉しい気持ちの方が断然勝っているように思う。
 だからそれについては、恥ずかしいし触れないことにした。

「ところで、翔太さんや」

「はいはい、なんだい朔さんや」

「これで俺らは、両想いってことで合ってるよな? ……でも俺、まだちゃんと好きって言ってもらってねぇんだけど」

 にっこりとほほ笑んで聞かれ、思わず後退した。
 だけど彼は、このままおとなしく引き下がるつもりはないようだ。

 じっと瞳を見つめたまま、俺の返事を待つ朔。
 だから俺も覚悟を決めて、彼の顔を見上げたままふざけることなく告げた。

「うん。そうじゃないと、俺も困る。……好きだよ、朔。いつからかは分かんねぇけど、俺もたぶんずっと好き」

 朔の表情が、かつてないくらい幸せそうな笑顔に変わる。
 それを見て改めて、自分がこれまで彼にいかに愛されてきたのかを知った。

「ありがとう、翔太。めちゃくちゃ嬉しい」

 今日もう何度目か分からない『めちゃくちゃ好き』を繰り返し、それから朔はもう一度俺に熱っぽいキスをした。

「……お仕置きは、終わったんじゃなかったのかよ?」

 責めるように俺が言うと、彼はにっこりとほほ笑んでしれっと答えた。

「うん、お仕置きは終わったよ? だからここからは、恋人としてのキスの時間な」

***

「そうだ。この前話してた、ホラー映画の続編のチケット。あれ、もう予約しておいたから」

 大学からの、帰り道。朔が笑顔で、しれっと言った。

「おい! あれは俺が予約して買っとくから、お前はチケット取るなって言っておいたよな!?」

 すると朔はくすりと笑い、答えた。

「だって映画は、どうせならネタバレ食らう前に観ておきたいし。それに毎月一日は、ファーストデーで割引が利くから学割使うよりお得だしな?」

 本当に、ああ言えばこういう男である。
 だけどそれが全て、俺への深い愛情から来ているのだから本当にたちが悪い。

「……いつになったら俺、お前に予行演習の時の借りを返せるんだよ」

 ちょっとげんなりしながら言うと、彼は少し考えるような素ぶりを見せた。
 そしてそれからにっこりとキレイな顔でほほ笑んで、耳元で甘く囁いた。

「一生かけて、返してくれていいよ? それか、今すぐ体で返してくれてもい……」

「お前、ほんとふざっけんな! PTAをわきまえろ!」

「……それを言うなら、たぶんTPOだな。本当にお前は、おバカ可愛いな」

「うるせぇ、黙れ! 似たようなもんだろうが!」

「全然違うよ? TPOはTime、Place、Occasionの頭文字を取った略語で、時と場所、場合に応じて服装や言動を適切に使い分けることを意味する和製英語だから。んでもって、PTAは……」

「うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ! 偉そうに解説すんな、バーカ! バーカ! バーカ!」

「うるさいのは、翔太。お前の方だから。ちゃんとPTAを、わきまえような?」

「くっ……! やっぱり俺、お前のこと嫌いかも」

「はい、ダウトー! めちゃくちゃ好きだって、もう知ってまーす」

 にっこりと、またほほ笑んで。誰もいないのを確認してから、朔は俺の唇に優しくキスを落とした。


***

 映画公開初日。人気作の続編というだけあって、館内はたくさんの人で賑わっていた。

 でもそこで俺は、思わぬ人物の姿を目にした。
 俺がマッチングアプリで知り合い、一度だけデートをしたあの早苗さんだった。

 彼女の隣には、俺と同年代と思われる若い男の姿。
 彼女は俺に気付き、視線が一瞬だけ向けられた。

 でも、次の瞬間。彼女の瞳は、俺の隣にいる朔になぜか釘付けになった。

 朔はめちゃくちゃイケメンだし目立つから、女の子の視線を奪うことはままあることだ。
 だから彼女が朔に見とれたとしても、なんら不思議はない。
 
 だけど早苗さんのその表情は、どこか怯えたような、信じられないものでも見るような、そんな表情だった。
 
 彼女はいったい、何にそんなに驚いているのだろう?

 それに戸惑い、朔の顔を見上げたのだけれど、彼はいつもみたいにただ俺に向けて優しくほほ笑んだだけだった。

 そもそもの話、彼と彼女の間に面識はない。
 朔にはしばらく前に一度彼女の写真を見せただけだから、顔を覚えていない可能性の方が高い。
 朔のことを、彼女が知っているはずもない。

 それにもう全部、終わったことなのだ。
 彼女が今何を思っていようが、俺には関係ない。
 
 くるりと方向を変えて、ドリンクやスナック類を販売するレジに向かい、歩き出した。
 だけど途中で振り返り、笑顔で言った。

「なぁ、朔。今日は俺、限定のポップコーンがいい!」

 朔の形のよい唇が、意地悪く弧を描いているような気がした。
 でも次の瞬間にはいつものように優しくほほ笑んでいたから、やっぱりきっと気のせいだろう。

「了解! ハーフ&ハーフに出来るみたいだし、今日はそれにしよっか?」

 くしゃりと俺の髪に触れる、朔の大きな手のひら。
 手に入れることの出来た幸せを噛み締めながら、俺はいつもみたいににへらと笑った。

                   【了】