「なら明日の土曜日、午前10時。駅前集合な」

 笑顔で言われたけれど、いつもならふたりで出かける際は駅待ち合わせではなく朔が自宅まで迎えに来てくれる。なのでそれを疑問に思い、確認のため聞いた。

「え……? なんで駅前集合? いつも通り、迎えに来てくんねぇの?」

 すると朔は、呆れたようにフッと鼻で笑った。
 
「甘いな、翔太。今回俺たちは、デートの模擬演習をするんだよな? だったら彼女とはじめて会う時に備えて、ちゃんと待ち合わせからスタートしたほうがいいと思わないか?」

 たしかにそれならこいつの言うとおり、最初からはじめたほうがいいかもしれない。
 目からウロコが落ちたとは、きっとこのような状況をいうのだろう。彼の提案に感動し、ガタンと勢いよく椅子から立ち上がった。

 
「なるほどな。家を出て、帰るまでがデートだもんな!」

「それはデートじゃなくて、遠足の心構えな。けどまぁ、ちゃんと伝わったなら良かったよ」

 いつになく優しくほほ笑んで言われ、おおいに困惑した。でも、さすがは朔! 持つべきものは、やっぱりモテる男友だちだな。とはいえこの男のせいで、これまで俺の恋はことごとく玉砕してきたわけだが。

「うん。ありがとな、朔。明日は、よろしく!」

 満面の笑みを浮かべ、告げた。すると彼はなぜかちょっと苦笑して、なんとも言えない微妙な表情で答えた。

「どういたしまして。ところで、翔太。そろそろ時間、ヤバいんじゃないの? 今日は、バイトのある日だよな?」

 その言葉に驚き、慌てて時計を確認する。

「うぉ、ヤベ! じゃあ行くわ、まじでサンキューな、朔。愛してるぅ♡」

「お前……。ほんと、そういうとこだぞ。ったく、さっさと行けよ。それと明日、絶対遅刻すんなよ?」

 呆れたように言いながら、しっしとまるで犬猫を追い払うように手を揺らす朔。だけどもう本当に遅刻しそうなくらいギリギリの時間だったから、慌てて駆け出した。
 そのため俺はいつもクールで飄々としているこいつがどんな顔をしていたかなんて、まったく知らなかったんだ。

***

「え……。じゃあ明日は、あのイケメン幼なじみとデートなんすか?」

 同じコンビニエンスストアで働くひとつ年下の後輩で腐男子の亮平が、驚いた様子で聞いた。

「おうよ! つっても恋愛慣れしてない俺のために練習に付き合ってくれるだけだから、これはデートじゃなく模擬デートだけどな」

「へぇ……。模擬デートねぇ。けど、翔太さん。それ、まじで食われちゃわないように気をつけて下さいね」

 本気で心配そうに言われたが、俺があいつに食われるだと? んなわけ、あるか。可愛い女の子たちから絶大な人気を誇るモテ男の朔が、俺なんぞに手を出すはずがないだろうが。

「BL漫画の読み過ぎだろ。朔は俺が恥をかかないように、アドバイスしてくれるだけだっつーの。口は悪いけど、やっぱあいつめっちゃいい奴だよなぁ……」

 しみじみと語りながら、品出しを続ける俺。すると彼は、信じられないものでも見るような目を向けた。

「いい奴っすか……。まぁそう信じてるなら、別にそれでいいと思いますけど」

「それにしても模擬デートって、どこに連れて行ってくれんだろ? ちょっと楽しみ」

「うーん……。それは分かんないっすけど、きっと極上のデートプランを考えてると思いますよ。翔太さんのために」

「ほんと、ありがたいよな。爆イケ男子朔のモテムーブ、完全に俺のものにしてやるぜ!」

 ケケケと笑う俺の顔を呆れたように見つめながら、亮平は生暖かくほほ笑んだ。

***

 そして迎えた、翌朝。相手は朔ではあるものの、これは早苗さんとのデート本番さながらな心構えで洋服を選ぶ。
 
 彼女に合わせて、いつもよりも大人っぽい服装のほうがいいだろうか? それともあえてカジュアルに、年下男子の魅力をアピールしていくべきか?
 
 鏡の前で繰り広げる、ひとりファッションショー。
 正直なところ、ファッションセンスにはまったく自信がない。……それも含めて、先に朔に相談しておくべきだっただろうか?

 スマホを手に取り、アドバイスを求めるためにポチポチと文字を打ち込む。

『おはよう、朔。お前今日、どんな服着てくんの?』

 するとそのメッセージはすぐに既読になり、返信が届いた。

『おはよう、翔太。そんなの、内緒に決まってんじゃん。彼女とは初対面なんだから、それも確認出来ないだろ? ちょっとは自分で考えろ』

 くっ……、本当に、こいつだけは。安定のスパルタ方式だな! だけど、なるほど。たしかに、朔の言うとおりかもしれない。

 あまり大人びた自分を演出して背伸びしたとしても、きっとどこかでほころびが出てきてしまうだろう。
 だったら俺らしさを残しつつ、オシャレ感を出していくのが正解かもしれない。
 
 目覚めよ、俺のセンス! クローゼットを漁り、自分の手持ちの服の中では比較的高かったパーカーと、以前朔と出かけた時に選んでもらったカーゴパンツを手に取った。