レッスン! 〜幼なじみを終わらせる、正しい方法〜

 そして迎えた、俺の誕生日当日。最初俺は朔に合わせて、いつもよりもやや大人びた服装を選んだ方がいいだろうかと少し迷った。
 だけど気合が入っていると思われるのもなんとなく恥ずかしかったから、ギリギリホテルのドレスコードに引っかからない程度の服を選んだ。

 今回はデートの予行演習ではなく、幼なじみで親友としてのお出かけだ。
 だからわざわざ待ち合わせをすることなく、いつものように朔が自宅まで迎えに来てくれた。

「こんにちは、おばさん。これ、おふくろから」

 そう言って彼が差し出したのは、母さんの好物で朔の母親手作りのおはぎ。
 それを受け取った母さんは、嬉しそうに表情を緩めた。

「ありがとう、朔君。後でお礼の電話を入れておくわね」

「ちゃんと俺から伝えておくので、大丈夫ですよ」

 にっこりと紳士的な笑みを浮かべ、朔が答えた。
 すると母さんは、感嘆したようにうっとりと呟いた。

「ほんと朔君ったら、立派になって……。それに比べて、うちの翔太は」

 そこまで言うと母さんは、横目でちらりと俺のことを見た。

「母さん! 俺と朔を比べるの、まじでやめてよ! 勝てるわけねぇじゃん、こんな完璧超人に」

「完璧超人って。……翔太、俺のことをそんな風に思っててくれたんだ?」

 からかうように顔を覗き込むようにして言われ、全身が一瞬のうちに熱を持つ。
 だけどこれ以上この会話を続けるのは危険だと判断したから、その言葉は無視したままスニーカーに足を通した。

「じゃあ、行ってきます」

「ちょっと待って。翔太、あんた夕飯はどうするの?」

 そういえば、そこまでは決めていなかったな。
 そのため答えに詰まり、朔の顔を見上げた。
 すると朔は再び穏やかな笑みを浮かべ、俺の代わりに答えてくれた。

「このまま、食べてきちゃおうかなと。じゃあ、行ってきます」

***

「すげ……。これ全部、食っていいとか。……天国? ここ、まじで天国なの!?」

 並べられたたくさんのスイーツを前に、思わず興奮してしまった。
 そんな俺を見つめたまま、朔は呆れたように笑った。

「食えるなら、食っていいけど。……でもそういえば今日って、翔太の誕生日じゃん?」

 覚えていてくれたのかという想いと、それが何か関係あるのかという疑問。そのふたつが、同時に頭に浮かんだ。

 すると朔は俺が考えていることまで敏感に察知したのか、ニヤリと笑って言ったのだ。

「せっかくだから、祝いも兼ねて、居酒屋を予約しておきました! 今日は特別に、俺がおごってやるよ」

 ……本当に、この男だけは。まじで色々と、手慣れ過ぎだろう!?

 でもこんな風に言われては、断るのは少し難しい。
 ……この間の映画の時のお返しも、まだ出来ていないというのに。

「とはいえやっすい店だし、あんま期待すんなよ?」

 その言葉にちょっとだけホッとしたから、素直にお礼の言葉を口にした。
 
「ありがとうございます、朔様。ごちになります!」

 朔とふたりで食べる極上のスイーツは、どれもほっぺたが落ちそうなほど美味しかった。
 だけど彼に、次があるから食べ過ぎは駄目だと何度も釘を刺されてしまった。
 そのため渋々ではあったけれど、腹八分目に留めておいた。

***

 連れてこられたのは、これまで自分では来たことがないような大人の隠れ家的な雰囲気の、見るからに高級そうな居酒屋だった。
 そのため店の前に到着すると、俺は声を震わせながら聞いた。

「朔さんや。……やっすい店だから期待するなって、お前言ってたよな!?」

「親父の知り合いがやってる店だから、特別に安くしてもらえるんだ。だから、嘘はついてないよ?」

 その言葉を聞き、そっと胸を撫で下ろす。
 だけど朔の続けた言葉に、ギョッとして目を剥いた。

「あー、ごめん。やっぱり俺、嘘ついたかも」

「は……?」

「味もめちゃくちゃうまくて、予約の取れない店として有名なんだよね。だから、翔太。期待しといて?」

 ……本当に、この男だけは。どれだけ、用意周到なんだよ!?

「……朔。俺は将来お前が恋愛詐欺師にならないか、心配だよ」

「酷いなぁ。でも、そんなことを言うならさ。……翔太がずっと俺の傍で、見張っててくれたらいいんじゃね?」

「チャラ! さすがに、引くわぁ。……女の子相手だったら、確実に堕ちてたぞ」

 ……本当は俺だって、既にこいつに堕とされているけれど。

 そんなやり取りをしながら、朔が入口の扉を開いた。
 すると中は完全個室になっていて、それにまた少し怯んだ。
 だけど店主と思われる男性が気さくな感じで朔に声をかけて来てくれたから、さっきの言葉は本当だったのだと知りちょっとだけホッとした。

「こんばんは、朔君。なんか、感慨深いものがあるな。……あの小さくて女の子みたいに可愛かった朔君が、自分でうちの店を予約して、友だちと来てくれるようになるなんて」

「ご無沙汰してます、おじさん。アハハ、そうですか? 今日は俺、本当に楽しみにして来たんです。いつかこのお店に自力で来て、自分の金で好きなもんをたらふく食べてみたいなと思っていたから」

「嬉しいことを、言ってくれるなぁ。おじさん、泣いちゃいそうだよ。今日はサービスするから、ガンガン注文してくれよ」

***

 出された刺身に、舌鼓を打つ。あまり高級な食べ物に慣れていない俺でも、よく分かる。
 ……脂が乗ってて、めちゃくちゃうめぇ。

「うま……!」

 思わず漏れ出た、感嘆の声。
 それを聞いた朔は、ドヤ顔で笑った。

「だろ? 煮物料理とかもすっげぇうまいから、楽しみにしといて」

 彼の言葉通り、出てくる料理はどれもはちゃめちゃにうまい。
 ……でもこれ、いったいいくらぐらいするんだろう?

 その金額を想像すると、ちょっと怖くなった。

「なぁ、朔。やっぱ俺、半額払うわ。さすがにこんなの、ごちそうになるわけには……」

 だけど俺の言葉を、朔は笑顔のまま遮った。

「ストップ! 今日はお前の誕生日なんだし、俺に奢らせて。ほんと、そこまでこの店は高くないから。それにおじさんも、言ってくれてただろう? サービスしてくれるって」

「んー……。分かった。じゃあ次映画に行く時は、俺になんかうまいもんごちそうさせてよ。約束!」

 小指を突き出すと、彼は一瞬だけぽかんと大きく口を空けた。
 でもすぐにクスリと笑い、俺の小指に小指を絡めた。

「うん、約束。……楽しみにしてる」

「あっ、でもそこまで期待はしないでくれよ! この間マンガを全巻オトナ買いしたばっかで、そこまで懐が暖かくもねぇからさ!」

 慌てて俺が補足すると、彼はふるふると肩を震わせて笑った。
 
 とても幸せで、特別な一日となった俺の誕生日。

 だけど、この翌日。……俺は朔の家から、沢渡センパイが出てくるところを目撃してしまった。