レッスン! 〜幼なじみを終わらせる、正しい方法〜

「ヤリチンくそ野郎は、さすがに言い過ぎだろう。酷いよ、翔太! ……俺、童貞なのにぃ」

 わざとらしく泣き真似をしながら、朔が言った言葉。
 それを聞き、思わず吹き出してしまった。

 だってこの大学一のモテ男、朔が童貞って。……これまでの歴代のカノジョたちを知る俺には、どう考えてもたちの悪い冗談としか思えなかった。

「はいはい、そうですか」

 だからそれに呆れ、やれやれとでも言うように、わざとらしく肩をすくめて見せた。

「おーい、翔太さんや。これ、まじだからな。キスはしたことあるけど俺、新品未使用品だからな?」

 じっと俺のことを見つめたまま、なぜかドヤ顔で念を押すように再度童貞を宣言された。
 でももしそれが、本当なのだとしても。……なんでそこで、その表情なんだよ?
 絶対にこいつ、笑わせに来てるじゃん!

 でもそれがあまりにもおかしかったから、やっぱりこれは朔なりのジョークなのだろうと結論付けた。

***

 それからの毎日。びっくりするくらい朔の態度は、これまでと変わらなかった。
 だけどそれに救われている部分もあるから、俺もあの日のキスについては触れないままでいるというのが今の現状だ。

 ……とはいえ本心では、いくらなんでもあれはやり過ぎだったんじゃないかと、思わなくもないけれど。

 そんなことがありながらも時々ふたりで飯を食いに行ったり、遊びに行ったりと、俺と朔の関係は良好だ。
 例のホラー映画の公開が始まったら、一緒に行こうと約束もしている。
 ただし、親しき仲にも礼儀あり。
 その際は前回映画に行った時のお礼も兼ねて、全部俺の方が費用を持つつもりではあるけれど。

 そんな中俺は、とてもショッキングな噂を耳にした。
 やっぱり朔と沢渡センパイが、付き合っているのじゃないかという噂だ。

「ねぇ、田村君! 実際のところ、どうなの? やっぱり朔君と沢渡センパイって、本当に付き合ってるの?」

 同じ学部の女子に詰め寄られたけれど、俺だってそんな話は寝耳に水だ。
 しかしこの噂が気になっている女子は相当多いのか、じっと周囲の子たちが聞き耳を立てているのに気付いた。

 ……が、しかし。俺はこの件に関して、何ひとつ有益な情報を持ち合わせてはいないのだ。
  
 だけど以前うっかり目にしてしまった、センパイから朔に送られたメッセージ。

『いま暇? もし暇なら、急に休校になっちゃったからあそぼ♡』

 その内容を思い出し、ふたりが付き合っているのではないかという疑惑はほぼ確信へと変わった。

 なんだよ、それ? ……だったらなんであいつは、俺にキスなんかしたんだよ。

 彼に、はじめてキスをしたあの日。まさかあんな風にやり返されると思っていなかったから戸惑いはしたけれどとても嬉しかったし、幸せな気持ちでいっぱいになった。
 ……だけど童貞だって言ってたのも、やっぱ絶対嘘じゃん。

 改めて思い知らされた、朔の遊び人っぷり。
 それでもやっぱり好きな気持ちを圧し殺して、俺は彼の傍に居続ける道を選ぶのだろう。
 だって幼なじみとしての俺しか、あいつはきっと求めていないのだから。

 だけど彼がいない場所で、朔にセンパイが送ったメッセージの内容を勝手に話すつもりは毛頭ない。
 俺だって朔に直接そんなことを確認する勇気なんて持ち合わせていないくせに、にへらと笑って正論パンチをぶちかました。

「ごめん! あいつの恋愛事情は俺、全然知らなくて。そんなに気になるなら、本人に確認してみたらいんじゃね?」

「それが出来ないから、田村君に聞いたんじゃない! ほんと、使えないんだから……!」

 ブツブツと文句を言いながら、女子グループの輪に戻っていく彼女。
 それに関しては完全同意だが、だからといって本人不在の中でそれを幼なじみである俺に聞くのは、やっぱりフェアじゃないように思う。

 自然と漏れ出た、大きなため息。
 だけどちょうどそのタイミングで朔が教室に入ってきたから、ここだよと知らせるために向かって笑顔でひらひらと手を振った。

「おはよう、翔太」

「うん、おはよう朔。珍しいな、お前が俺よりも遅いの」

 クスクスと笑いながら言うと、彼はいつもみたいに何を考えているのか分からないキレイな顔でにっこりと微笑んだ。

「うん。ちょっと色々あってさ。席取っててくれて、ありがとう」

「どういたしまして。むしろいつも取っててくれるんだから、こっちがありがとうなんだわ」

 そう答えたのだが、俺の本心はちょっとだけ違っていた。
 というのも彼の言う『色々』の意味が、本当は気になって仕方がなかったのだ。
 
 それでも『沢渡センパイと会っていた』などという決定的なひと言だけは絶対に聞きたくなかった。
 だからわざと聞かないことで、自衛したのだ。
 ……俺が聞けば遅くなった理由もきっと全部朔は教えてくれるのだと、嫌というくらいよく知っているから。

 その時朔のスマホが震えて、またしてもうっかりメッセージが見えてしまった。

『朔君、さっきは忘れ物を届けてくれてありがとう! 友だちから、無事に受け取りました』

 その内容に、思わず息を呑む。
 忘れ物を届けてくれて、ということはつまり。……朔は彼女のことを、自宅に招き入れた可能性が高い。

 なんだ。……やっぱ、そういうことなんじゃん。

 でも俺はこいつに、ふざけてキスをされただけ。だから彼女と付き合っているのだとしても、責める権利なんてない。

「あ、そうだ。デザートビュッフェの、タダ券をこの間もらったんだ。だから、一緒に行かない?」

 なんだよ、それ。……そんなの、俺じゃなくあの人を誘えよ。

 そう思ったけれど、その言葉はグッと飲み込んだ。
 ……だって俺はこいつにカノジョがいるのだとしても、やっぱり傍にいたいから。

「まじで!? やったー、ラッキー! 朔様、ぜひともお供させてください」

「朔様は、やめろ! ほんと、調子のいいやつめ。んじゃ予定合わせて、今度の水曜とかどうよ? 翔太もバイト、なかったよな?」

 ……その日って、俺の誕生日じゃん。
 きっとそのことを忘れてその日を指定したのだと思うと、少しだけ悲しくなった。
 だけど特に予定もなかったし、彼と一緒に誕生日を過ごせるのだとしたら、この偶然をむしろ俺は幸せに思わないといけないのかもしれない。

「翔太……?」

 すぐに返事を、しなかったせいだろう。朔がじっと俺の顔を見つめたまま、返事を待っているのに気付いた。

 だから俺は、笑顔で答えたのだ。

「うん、ないよ。じゃあ、水曜ね。ほんと、楽しみ過ぎるんだが!」

「あはは、それは良かったよ。だけど、翔太。……あんま食い過ぎないようにな? お前、すぐ腹を壊すんだから」