レッスン! 〜幼なじみを終わらせる、正しい方法〜

「ちょ……、待ってよ朔! お前なんか、勘違いしてないか?」

 予想外の反応に戸惑いながら、慌てて聞いた。だけど朔は、真剣な表情のまま言ったのだ。

「してない。だってお前、あの人に泣くほど嫌な目に遭わされたんだろ!?」

 両肩を掴まれ、至近距離で詰め寄られた。そのためドキドキし過ぎたせいで、思わずまた顔をそらす俺。
 そしてその結果、彼は早苗さんへの怒りを炸裂させた。

「……あの女、絶対に許さない」

 絞り出すような声で言われた、あまりにも朔らしくない言葉。
 それがなんだかおかしくて、笑いながら諫めた。

「朔! ちょっと落ち着けって。まじで、なんもされてねえよ。……だって俺、途中で帰ってきちゃったし」

「途中で、帰ってきた? ……だったらお前、なんで泣いてたんだよ?」

 頬に手を添えて、じっと瞳を見つめたまま問われた。だけどこれに関しては、俺自身その理由がいまいちよく分かっていなかった。
 だから素直に、そのまま答えた。

「……分かんない」

「はぁ!? なんだよ、それ。分かんないなんてこと、ないだろ!」

 俺のために荒ぶる彼を見て、これまで感じたことのない愛しさがこみ上げてきた。そのため彼の頭に手を伸ばし、いつもされるみたいにワシワシと撫でた。
 すると彼の漆黒の瞳が、戸惑ったように揺れた。

「しかたないだろ、まじで分かんないんだもん。だけど、ちょっと惜しいことをしたかもな。せっかくホテルに誘ってくれたのに、さっさと帰っちゃって。……せめてキスくらい、させてもらえば良かったかな?」

 唇を尖らせてわざとおどけた口調でそう言うと、それまでおとなしく俺に撫でられていた彼の肩がビクッと揺れた。

「翔太。……それ、本気で言ってる?」

 これまで聞いたことがないくらい冷たい、朔の声。
 それに少し驚いた。
 ほんの軽口のつもりで口にした言葉は、どうやら彼にとっての地雷だったらしい。とはいえその理由は、阿呆な俺がまんまと早苗さんの餌食になりかけた挙句、なんの反省もしていないと思ったからだろうけれど。

 だけど今さらさっきの言葉を冗談でした、すみませんと言って否定するのも、なんとなく癇に障る。
 そのため俺は、平静を装い答えてやったのだ。

「もちろん、本気に決まってるじゃん! あーあ、もったいないことしたぁ」

 いつもみたいにヘラヘラと笑って言ったけれど、朔はこれを冗談として受け止めてはくれなかったようだ。

「ふーん……。だったら俺が、教えてやろうか? キスの仕方」

 顔を上げた朔から滲み出る、謎の色気。それにおののき、反射的に手を引いた。
 だけどそのまま逆に後頭部に手をやられ、スレスレのところまで彼は顔を近づけた。

 これはおそらくいつもの、いわゆる『教育的指導』というやつだろう。……でも、なんかむかつく。
 ただの幼なじみで、男の俺にまでこうやって平気でキスの真似事をしようとするその平然とした態度が。

 朔は俺が動揺して、逃げ出すことをきっと望んでいる。それが分かっているから、絶対に引き下がってやるもんか。

 どうせこの遊び人は、野郎にキスをされたところできっとたいしたダメージにはならないだろう。
 そんなのは嫌というほどよく分かっていたけれど負けず嫌いな性格が顔を覗かせ、普段の自分では絶対にしないような大胆な行動に打って出た。

 彼の頬に手を添えてニッと笑うと、朔は怪訝そうに眉根を寄せた。

「ありがと、朔。じゃあせっかくだし、教えてもらっちゃおうかな?」

 それから俺は彼の返事を待つことなく、やや強引に唇に唇を押し当てた。

「ごちそうさまでした。意外と大したことないんだな、キスって」

 再びヘラヘラと笑ってそれだけ言うと、俺は彼から体を離そうとしたのだ。なのに彼はさらに強く俺の頭を引き寄せ、荒々しく貪るように口づけた。

 唇に挿し込まれた、彼の舌先。それが別の生き物みたいに、俺の口内で自由に暴れまわる。
 歯列をなぞるように蠢いたかと思うと、今度は舌で舌を絡め取られて。……俺はその未知の感覚に翻弄され、乱された。
 
 意味が分からず、パニック状態に陥る俺。彼の胸元をドンと拳で叩いたら、ようやく唇を解放してもらえた。

「こちらこそ、ごちそうさまでした♡ で、どうだった? はじめてのキスは。……ってその顔を見たら、聞くまでもないか」

 どちらの唾液で濡れたのかも分からない唇を、ぺろりと自身の舌で舐め取る朔。

「……卑猥。お前は、存在そのものが卑猥なんだよ! 公然わいせつ罪で、逮捕されちまえ! バーカ! バーカ! バーカ!」

 涙目のまま、必死に思いつく限りの罵詈雑言を投げつけた。だけど朔は、一瞬キョトンとした顔をして。
 ……それからゲラゲラと、腹を抱えて笑った。

「あははは! あぁ、おかしい。バーカ、バーカって。お前は、小学生かよ! それにここは俺の部屋だから、公然わいせつ罪には当たらないな。残念でした、またどうぞ」

 笑いながらツッコミを入れられたが、こちらはまったく笑えない。

「うるせぇ、黙れ」

 ぷいと顔をそらして、怒りと羞恥に震えながら再び悪態をつく。なのに俺を見つめる朔の瞳が思いのほか優しかったせいで、また少し戸惑った。

 それにしても。……キス、めちゃくちゃ気持ち良かったな。
 これってやっぱり、朔が経験豊富だからだろうか?

 ……だとしたら、やっぱりなんかムカつくんだけど。

 そんな風にひとりで悶々としていたら、今度は強く抱き締められてしまった。

「なに? 翔太。そのだらしのない顔は。……もしかして、物足りなかった?」

 ふにふにと、俺の唇を指先で弄ぶ朔。

 これ以上キスをされたらまずいと判断した俺は彼を思いっきり突き飛ばし、距離を取ろうとしたのだ。
 なのに力の差は歴然で、ヒョロヒョロの俺とは違い朔の鍛え上げられた体はびくともしない。

 こんな風にされて、ドキドキしているのはきっと俺だけで。
 朔は男相手であっても、こんなことを平気で出来てしまうくらい遊び慣れているのだと思ったら、大好きな彼に抱きしめられているというのにただ苛立ちが増していく。

「物足りないわけ、あるか! お前はもう、本当に黙ってろ、この……。節操なしの、ヤリチン野郎が!」
 
 俺の罵倒が、朔の部屋に響いた。