レッスン! 〜幼なじみを終わらせる、正しい方法〜

 翔太と俺が親友になるきっかけは、今からおよそ15年ほど前のこと。
 小学校のバス遠足で、猛暑の中一緒に動物園に行った時だ。

 事前に各自おやつを買っていくことになっていたのだが、おバカな翔太はチョコレートばかりを選んで持ってきていた。
 そのため袋を開けた時それはすべてドロドロに溶け、とてもじゃないが食べられる状態じゃなかった。

 そのせいで泣き叫ぶ翔太は、正直めちゃくちゃうるさかった。なのにその不細工な泣き顔がやたらと可愛く見えて、妙に心乱された。
 だから俺は彼に、自分のおやつを半分分けてやることにしたのだ。

 そして、その結果。……彼は驚くほどあっさり俺になつき、あろうことかその日のうちに告白をしてきたのだ。

『ありがとう、如月さん! 本当に如月さんは優しいなぁ……。好きになっちゃったかも。俺と、付き合ってください!』

 その言葉を聞き、愕然とした。制服が完全自由だったということもあり、クラスの違う俺のことをこいつは、女子だと思い込んでいたのだ。

『プッ、くっ……。あは、はははははは! ちょ、待って。俺も、男だけど! ほんと君、ばっかじゃないの!?』

 俺の発言に、今度はあいつがフリーズした。

 だけどこのやり取りがきっかけとなり、俺たちはただのご近所さんから仲の良い親友になったのだ。

 そして一緒に成長していく中で、皮肉なことに俺の方の想いが恋へと変わっていった。あいつはあの時のことなんて、全部きれいさっぱり忘れ去ってしまっているというのに。

『なぁ、朔……。俺にはやっぱり、恋人が必要だと思うんだ!!』

 この関係を変えようと考えたきっかけは、翔太が放ったこのひとことだった。
 
 数年前までの俺は、彼の一番近くにいられたらそれでいい。そう思い込もうとしてきた。
 だけどあいつのことを好きな女子がいると聞き、平気ではいられなくなった。
 これまでこいつの恋愛の芽は、ことごとく俺自身の手で潰してきた。相手の女の子に近付き、甘く囁いたらみんな、あっさり俺に堕ちた。
 そんな程度の感情であいつに近付き、振り回すだなんて絶対に許さない。たとえこの想いが届かなくとも、彼の一番近くにいる存在は、俺じゃないと嫌だ。
 
 一度開き直ってからは、翔太にバレることなくせっせと邪魔な女の子たちを駆除し続けた。
 でも素直で純粋で単純な翔太は俺の妨害に気付くことなく、またふられた、何が駄目だったんだろうと泣きついてきた。

 幼なじみに対して抱えるには、重すぎる感情。我ながら本当に、ヤバいやつだなと思う。
 それでももし彼に本気で好きな相手が出来たら、きっと男の俺じゃ敵わないだろう。
 それが分かっていたから、初めから翔太に近付かせないようにしてきたのだ。

 ……なのに。
 
 すっかり油断していたところに降って湧いた、マッチングアプリで出会った女の子の話。
 それに動揺し、じゃあデートのテクニックを伝授してやるよなどというふざけた提案を咄嗟にしてしまった。
 さすがに断られるだろうと思ったそんなクソみたいな提案を、おバカで素直な翔太はあっさり受け入れた。


 見せられた写真の女の子は、腹立たしいまでに翔太の好みのどストライク。
 柔らかそうな、茶色の巻き髪。だけどミルクティーみたいな色をした大きな瞳は、きっとカラコンの力だろうななどと意地悪なことを考えてしまう俺は、自分でも本当に初恋をこじらせまくっているなと思う。
 
 胸元を強調するように撮られた写真を見る限り、この子はきっとこうした出逢いに慣れているに違いない。
 ある程度場数を踏んでいる人間ならあっさり見抜けるような、分かりやすいあざと可愛い系女子。
 ……単純おバカの翔太が手玉に取られ、踊らされる姿が目に浮かぶようだった。

 だから今回もうまく妨害してやろうと口車に乗せた結果、翔太はまんまと俺の提案を受け入れた。……だけど。
 
 俺の意図に気付かないまま、無防備に俺との模擬デートを楽しむ翔太。そのため最初はただ妨害できればいいと思っていたはずなのに、欲が出た。
 これまでは一番近くにいられたらそれでいいと思い込もうとしてきたけれど、そんなのはすべてまやかしだ。
 ……あんなビッチに奪われるくらいなら、俺が翔太を奪う。

 しかしそんな俺の不純な欲を、敏感に感じ取ったのだろう。次第に翔太の態度が、どうにも不自然なものへと変化していった。

 だから少し距離を置くことで、俺は冷静さを取り戻そうとしたのだ。……なのにそれが、仇となった。
 連絡を取り合わない間に、翔太は彼女とのデートの約束を取り付けていたのだ。

 それに動揺し、詰め寄ったせいで、翔太は俺のもとから逃げ出した。
 反射的に追いかけそうになったけれど、今の自分ではきっと、どうすることも出来ない。むしろ怖がらせて、さらに避けられるようになったら、それこそ取り返しのつかないことになる。

 そんな風に考え、再び冷却期間を置くことにしたというのに。……その間に翔太はまたしても勘違いを炸裂させ、暴走していたのだと、この数日後に俺は知ることとなる。

***

『朔、さっきは急にごめん。無事に、買えました。それから日曜のデートの結果も、改めて報告するな。だからまた相談に乗ってくれ』

 あまりにも無神経で、無防備な翔太。だけどその夜届いた、以前と同じような内容のメッセージを見て、心からホッとした。
 大丈夫、俺の気持ちはバレてない。……今は、まだ。

 だから俺もいつものように『ちょっと意地悪だけど面倒見のよい幼なじみ』の仮面をかぶり直し、返信を送った。
 ……本当は吐き気がするほど、あの女の子に嫉妬していたけれど。 
 
『ううん、大丈夫。お前のおっちょこちょいは、いつものことだし。初めてのデート、楽しんで』