◇◇◇玉蓮 ◇◇◇

 会談が始まる前、天幕が設営される間、劉永が玉蓮の元へ来た。その眉根には深い皺が刻まれている。

「玉蓮……どういうことなの」

 彼の視線が、玉蓮の唇、隠しきれていない首筋の(あと)へと滑り、そして再び玉蓮の瞳に戻り、強く揺れる。

「赫燕将軍と、どういう」

「永兄様……」

 答えに(きゅう)す玉蓮の手を劉永が掴む。その優しい手は、塾にいたあの頃と変わらない。「真っ赤になってしまったね」と、傷だらけだった玉蓮の手を包み込んでくれた、あの頃と。ただ、その時よりもずっと骨太で大きい。そこから伝わる温もりが、復讐のために凍らせていたはずの心の芯を、じんわりと溶かしていくようだった。

「もう、あの頃の、わたくしではございません」

 自分はもう相応しくない。玉蓮は、その温もりを断ち切るように、決然とした言葉を紡いだ。その声が、微かに震えていることには、気づかないふりをして。玉蓮の手を掴む劉永の手に、ぐっと力が込められる。

「——僕は、許婚をおいていない」

 脈絡のないその一言に、玉蓮の顔が勢いよく上がった。その言葉が何を、意味するのか。幼い頃の戯れの言葉とは、響きが、熱が、全く違う。

「永兄様、わた……くしは……」

「君を迎えたい。誰に反対されようと、構わない。僕が、君を望んでいる」

 力強い、真っ直ぐな言葉が玉蓮の胸を貫いた。その熱に、弱々しく首を横に振ることしかできない。

 劉家を継ぐということ。それは、白楊国の未来をその双肩に担うということ。白楊の中でも名家中の名家。その劉家三代の中でも天才と言わしめ、華やかな美貌を兼ね備えた劉永が望めば、どの姫君でも迎えられるのだ。

「い、いけません、永兄様。劉家が迎える姫君は、わたくしなどであってはなりません。有力な王族か、貴族の……」

 劉永の想いが、ずしりと息を詰まらせる。

「公主の責を果たすというのなら、有力な家に嫁ぐのも道の一つだ。理には適っている」

「ですが!」

「『僕のお嫁さんだっていいんだよ』と、言ったよね」

 あの頃の、茶目っ気のある響きはもうない。どこか気まぐれで掴みどころがなかったはずの兄弟子は、今、ただ一つのものだけを定めるかのように、熱い眼差しを自分に向けていた。彼の熱い眼差しに射竦(いすく)められ、玉蓮の視界が揺らぐ。

「永兄様……わたくしは、赫燕将軍と」

 その先を、玉蓮は続けることができない。言葉に詰まる彼女の手を、劉永は、なおも強く握りしめる。そして——


 ——ブォォォォォオオ!


 会談の開始を告げる角笛の音が、空に響き渡った。名残を惜しむように、一度だけ、その指先に力が込められ、そして、ゆっくりと温もりが離れていく。言葉もなく、ただ一度だけ、二人の視線が絡み合った。