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昼下がり。赫燕(かくえん)の天幕は、荒々しい熱気で満ちていた。床に敷かれた麻の上に幹部たちが車座(くるまざ)になって陣取っている。

 彼らが興じているのは、もちろん賭博。金銭や財宝を賭けて、互いの虚勢と運とを試す、この軍の日常的な光景。

「おい、牙門(がもん)! また、イカサマしやがったな!」

「なんだと! 証拠もねえのに、(わめ)くんじゃねえ!」

牙門と迅が今にも掴みかからんばかりの勢いで、言い争っている。

「どっちもどっちだろ」

 その横では、朱飛が面倒くさそうに口を開き、酒を(あお)る。対照的に、子睿(しえい)は扇子で口元を隠し、その瞳だけを細めて楽しげに微笑んでいる。

 牙門と迅の言い争いも、朱飛の無関心も、子睿の悪趣味な微笑みも、全てはいつものこと。これこそが赫燕軍。

「……相変わらずですね」

 手に持った地図の土埃を払いながら、誰にともなく小さく呟く。玉蓮は、その喧騒(けんそう)から少し離れた場所、天幕の隅で地図の整理を進めていた。広げられた地図の上には、これから進むべき道のり、敵の陣地、そして潜在的な危険地帯が細かく書き込まれている。