◇◇◇ 玉蓮 ◇◇◇

嵐が過ぎ去った朝靄(あさもや)の中、玉蓮は天幕から静かに出てきた。雨上がりの湿った土の匂いと、野営地の朝餉(あさげ)の支度を始める煙の匂いが混じり合っている。

昨夜の感触が、赫燕が残した熱が、まだ身体の芯で(くすぶ)っている。朝の冷たい空気を吸い込むほどに、それらがふたたび蘇り、ふと現実が(かす)む。

玉蓮が視線をめぐらせた時、天幕の影から、すっと朱飛(しゅひ)が現れた。彼は、まるでずっとそこにいたかのように、自然にそこに立っていた。

「——朱飛!?」

「……夜通しか。無事だったか」

感情を削ぎ落とした、静かな響き。玉蓮が言葉に詰まっていると、彼の視線が首元に触れた気がして、玉蓮は反射的に襟を引き合わせる。彼の瞳が、ほんの一瞬、何かを(こら)えるように深く陰った。

「……無理はするな」

「……え?」

「お前の姉も、お前が倒れることは望んでいないだろう」

朱飛はそれだけ言うと、水の入った竹筒を差し出し、背を向けて去っていく。

その広い背中を見送りながら、玉蓮は、渡された竹筒のひんやりとした感触に、昨夜から身体にまとわりついていた熱を、ゆっくりと吸い取られていくのを感じていた。その冷たさに(すが)るように、玉蓮は竹筒を強く握りしめた。