無意識にその黒髪に手を伸ばし、指に絡めると、柔らかな髪が赫燕の大きな手を滑り落ちていく。絹のような感触が、指先をくすぐる。小さな吐息が、肌に温かく触れる。

彼女の髪からは、甘く優しい沈香の香りが微かに漂い、昨夜の余韻が広がるようだった。自身の胸の上で身じろぎする玉蓮を見て、ふと笑みを溢す。この腕の中の温もり。この穏やかな寝息。

それら全てが、守れなかった温もりの記憶を呼び覚ます。かつて腕の中にあったはずの日常と、それが灰燼(かいじん)に帰した、あの燃え盛る城の記憶を。

紅蓮の炎、そこかしこから立ち上る漆黒の煙、民の悲鳴と脳髄(のうずい)に響く甲高い金属音。自分を羽交締めにして止める、朱飛の小さな手。唐突に、胸を熱い鉄の棒で貫かれたかのような激痛が走り、呼吸が止まった。

彼は一度、固く目を閉じ、浅く息を吸う。そして、次に吐き出された息は、乾いた冷気となって天幕に溶けていった。

目を開けた時には、再び世界から色が消えていく。赫燕は、玉蓮の頭に顔を寄せて、ゆっくりと目を閉じた。