闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「兵士の命に重さがあるなら、あいつらは無価値か? それとも、兵士一人と村人百人、どちらが重い?」

 崔瑾の眉が、ほんのわずかに動いた。

(民を駒とする、その思想。憐れむべきか、あるいは、ただ憎むべきか)

 崔瑾は、敢えて柔和な笑みを浮かべてみせた。

「赫燕将軍。民を戦の駒とすること、それは武人の(ほま)れではありますまい。民を守るのが武人の本懐(ほんかい)では?」

(ほま)れで飯が食えるかよ。なあ、玉蓮」

 不意に話を振られ、玉蓮の肩がびくりと震えた。赫燕は彼女の細い腰を、見せつけるように強引に抱き寄せる。その腕に玉蓮がそっと手を重ねるのを見て、崔瑾は密かに息を呑んだ。

「こいつは白楊(はくよう)の公主だ。こいつの価値は、兵士何人分だ? 崔瑾殿、あんたはどう見る?」

「公主の価値を私ごときが測るなど、(おそ)れ多いことです。加えて、人の価値を命の数で測ること自体、理解に苦しみます」

 明確な拒絶を込めたが、赫燕は口元に不敵な笑みを浮かべたままだ。

「ほう。だが、考えてみるといい。この女が、どれほどの兵力を生み出すか。あるいは、失わせるか、をな」

 その下劣な挑発に、声を荒らげたのは劉永(りゅうえい)だった。

「赫燕将軍! 公主に対し、無礼であろう!」

 怒声とともに拳が机を打ちそうなほど震え、顔は怒りで真っ赤に染まっている。

(劉家の若獅子が、牙を()いたか。あの赫燕を前に、一歩も引かぬとは)

「劉家の坊っちゃんは、随分とこの女にご執心らしいな」

 赫燕は、劉永を視界にすら入れず、その愉悦に満ちた視線をこちらに向けている。


 崔瑾は、赫燕と劉永のやり取りを観察しながらも、最終的には玉蓮を注視した。間者(かんじゃ)からの報告通り、瞳の奥には憎悪の炎が昏く燃えている。

 ——だが、それだけではない。

 決して焼き尽くされることのない、痛ましいほどの純粋な光。汚泥の中にありながら、(けが)れを知らずに咲き誇る白菊のようだ。

 矛盾をその身に宿している。憎悪と純粋さ、復讐と清らかさ。この姫の真実は——?

「——貴女(あなた)は、なぜこのような場にいらっしゃるのですか」

 崔瑾が問いを口にした、その瞬間。赫燕の口元が、ほんの微かに、しかし確かに、愉悦の形に歪んだ。

「……わたくしは」

 一瞬だけ赫燕に向けられた意識が、玉蓮の声に再び引き戻される。そして、彼女が小さく息を吸い込む音が、やけに大きく響いた。

「わたくしは、一つの道のためにここにおります」

 相手を圧倒するでも、(おび)える様子でもない、凛とした声が天幕に響く。

「道、ですか……」

 その一言が、頭の中でいくつもの意味に枝分かれしていく。

 目の前を見つめれば、燃えるような眼差しが返ってくる。闇に染まりながらも、決して失われない孤高の光。

(——なるほど)

 崔瑾は静かに頷き、その瞳を細めた。