闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

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北天(ほくてん)白菊(はくきく) 月貌(げつぼう)()

※北の空に咲く白菊は、月のように美しい顔を持つ華である。

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 噂に違わぬ、凄絶(せいぜつ)な美しさだ。周りの兵たちの、息を呑む気配が伝わってくる。だが、この詩歌(うた)には続きがある。

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 霜輝(そうき)凜冽(りんれつ) (しょう)人心(じんしん)
 焚尽(ふんじん)英雄(えいゆう) (こん)()(はく)
 猶如(ゆうじょ)飛蛾(ひが) 競撲(きょうぼく)()


 北の空に咲く白菊は、月のように美しい顔を持つ華である。その霜のような冷たい輝きは、あまりに気高く、人々の心をもひれ伏せる。英雄の魂さえも焼き尽くしてしまう、その、あまりにも危険な美しさ。それでも人々は、まるで火に飛び込む夏の虫のように、競ってその身を滅ぼしにいくのだ。

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 赫燕の隣で微笑(ほほえ)む彼女を見れば、あの不敬な歌こそが、本質を言い当てていたのかもしれないと思わされる。この並び立つ二人は、もはやこの世のものではない。

 何度も戦場でその名を聞いた、白楊(はくよう)の華。その完璧な仮面の下に、憎しみが込められた冷徹な光と、決して屈することのない、(はがね)のような意志を隠している。男たちは、その危うさにこそ惹きつけられ、破滅していくのだ。

 崔瑾は、自分がほんの一瞬だけ、交渉の場にいることを忘れかけていたことに気づき、拳に力を込める。

「貴国の大都督(だいととく)劉義(りゅうぎ)殿の学び舎に、類稀なる美しき姫君がおられるという噂は、遠く玄済(げんさい)にまで届いておりました。拝謁(はいえつ)でき、この上なき光栄に存じます」

 その時だった。玉蓮の首筋に、赫燕の大きな手がまるで所有印を刻むかのように置かれ、その親指が肌をゆっくりと撫でたのだ。

 視界の端で、劉永の拳が白くなるのが見えた。彼のまなじりに、激しい感情が滲んでいるのは、誰の目にも明らかだったが、赫燕は意にも介さず、その視線をこちらへと向けてきた。

大都督(だいととく)・崔瑾殿。あんたは、随分と女に優しいらしいな。こいつが白楊(はくよう)の公主だからか?」

「いえ。ただ興味深い、と。それだけです」

 赫燕も同様にその感情の読み取れない目で見つめ返してくる。

「まさか、赫燕将軍にまで捕虜交換の会談の場にお越しいただけるとは」

 崔瑾の言葉に、赫燕は口の端を吊り上げた。

「あんたこそ。目的がなけりゃ、こんな退屈な盤面を覗きには来ねえだろ」

「……と、おっしゃいますと?」

「価値のある駒が盤上にある。値踏みに来たんじゃねえのか?」

 赫燕の視線が、一瞬だけ、隣の玉蓮に流れた。その言葉と視線に、己の眉が、初めて微かに動く。

 赫燕は、ふ、と息を漏らす。

「さて、化かし合いを始めるか」

 そう呟くと、目の前の男は、傲慢な空気を纏いながらも、優雅な所作で椅子の背もたれに深く体重を預けた。崔瑾もまた、衣の裾を(ひるがえ)して対面の席に座した。