その指先が、彼の肌に触れるか触れないかの、その刹那(せつな)。赫燕の目がカッと見開いた。(うつ)ろな瞳が一瞬、玉蓮ではない誰かの幻影を映した気がした。

だが、次の瞬間には、その瞳にいつもの獰猛(どうもう)な光が戻り、玉蓮の腕を掴んでいた。

「何してやがる……!」

「……うなされていた、から」

その時、天幕を揺るがすほどの雷鳴が轟いた。玉蓮の肩が、びくりと震えると、赫燕の力がふっと緩んだ。

彼は一度、固く瞳を閉じ、そして再びゆっくりと(まぶた)を開いた。その瞳は、悪夢の残滓(ざんし)と、目の前の現実との間で揺れているようだ。

玉蓮は、空いた手で、そっと彼の額に張り付いた髪を優しく払った。その熱い肌に触れる指先から、微かな(しび)れが走るような感覚が玉蓮の全身を駆け巡る。赫燕は、何も言わずに、ただ玉蓮を見つめている。

後宮で見てきた、白粉(おしろい)と香の匂いをさせた宦官や、柔らかな絹の衣をまとった文官たちとは、何もかもが違う。

目の前の男にあるのは、酒と汗と、そして微かな鉄の香り。鍛え上げられた肉体から発せられる圧倒的な熱量。(つやめ)かしい顔立ちに宿る色気と、ならず者のような粗野な気配。そしてその全てを支配する、孤高の品格。