復讐姫と二人の英雄 —殺戮将軍と天才軍師の執着。その天命の盤で美しく狂い咲く—

◇◇◇ 崔瑾(さいきん) ◇◇◇

 崔瑾(さいきん)は、ゆったりと一礼した。

玄済(げんさい)国・大都督(だいととく)を務めております、崔瑾と申します」

 まず、赫燕(かくえん)に視線を投げた。白楊(はくよう)国王までもが心酔していると言われる風采(ふうさい)を持つ男。その姿は、確かに獣のように猛々(たけだけ)しく、それでいて人の目を惹きつけるような妖艶(ようえん)な美しさを兼ね備えている。

 揺らめく双眸(そうぼう)の奥に潜む底知れぬ深淵が、人の心を捉えて離さないのだろう。不遜(ふそん)にも、王族の色である紫紺(しこん)の衣を纏う男は、まるで周囲の緊張感を愉しんでいるとでも言いたげに、不敵に口元に笑みを浮かべていた。

 だが、その艶やかな(かんばせ)に、脳のどこかが、ちりりと(しび)れるような、奇妙な既視感を覚えた。

(……なんだ、この感覚は)

 漆黒の瞳。人の心を凍らせる威圧感。そして、泥と血にまみれた将軍には似つかわしくない、洗練された極上の伽羅(きゃら)の香。必死に記憶の糸をたぐり寄せれば、なぜか王都・呂北(ろほく)の影が一瞬だけ、陽炎(かげろう)のように揺らめいた。

 手を合わせ、その袖に隠れた中で、ほんの少し眉を(ひそ)める。しかし、すぐに脳裏をよぎるその違和感を、意識の外に押し込めるように努めた。今は、この場での己の役割を全うすることに集中すべきだ、と。

 そして、子睿(しえい)劉永(りゅうえい)に順に一礼すると、その視線を、ごく自然に赫燕の隣に立つ玉蓮(ぎょくれん)へと移す。あたかも赫燕と対をなすかのように、紫紺(しこん)の衣を身に纏っている。

 崔瑾は両手を合わせて、(うやうや)しく玉蓮に向かって頭を下げる。

「公主におかれましては、遠路はるばる、足をお運びいただき、恐縮至極(きょうえつしごく)に存じます。まさか、白楊(はくよう)の華と(うた)われる貴女(あなた)様に、このような最前線の地でお目にかかろうとは、夢にも思っておりませんでした」

 玉蓮は絵画から抜け出したような微笑(びしょう)を湛えた。暗闇に佇む大輪の白菊のように、儚くも圧倒的な美しさだった。

「崔瑾殿、ご丁寧なご挨拶、痛み入ります。白楊(はくよう)の華など、過分なお言葉です。加えて……世に知れ渡っているのは、月貌華(げつぼうか)詩歌(うた)の方でしょう」

 視線を少し下げたまま、玉蓮は囁くように告げる。その声は、まるで銀の鈴を鳴らすかのように凛としていながら、どこか湿り気を帯びた響きを持っている。

崔瑾は、穏やかな笑みを崩さず、静かに首を横に振った。

「あれは市井の民が口ずさむ俗謡(ぞくよう)に過ぎません」

 礼儀正しく、やんわりと否定した。だが、脳裏には、その詩の続きが鮮烈に蘇っていた。