「……やるか」

現れたのは、象棋(シャンチー)の盤。『帥』『将』『車』『馬』と字が刻まれた円形の駒。

「戦はただ一つ。王の首を獲るか否か、それだけだ」

彼の指が、一つの駒を弾く。ぱちり、と。その乾いた音が、嵐の夜の天幕に響き渡る。

赫燕の指す手は常に最短で、玉蓮の王(帥)の喉元へと迫る。そのために、自らの駒を、躊躇(ちゅうちょ)なく捨て駒にしていく。

玉蓮は、劉義に教え込まれた碁の(ことわり)で守りを固め、手薄になった王(師)を刺そうと布陣を保ち攻め上げたが、赫燕の猛攻の前に次々と食い破られていく。

玉蓮は、一度、奥歯を噛み締めた。この男の盤の上では、正攻法でいけば、ただ殺される、と。


玉蓮は、赫燕の王(将)の守りを正面から崩すのではなく、敢えて迂回する。捨て駒を囮にし、その視線を逸らせた瞬間、彼女の駒を鋭く横合いから滑り込ませる。赫燕の脇腹を、鋭い刃で突き破るかのように。

盤上にその一手の音が響いた瞬間、赫燕の眉が僅かに動いた。

それまで気だるそうに椅子にもたれていた赫燕が身を前に乗り出し、その指が卓の縁を、とん、と一度だけ叩く。そして、唇の端が、ゆっくりと深く吊り上がっていった。

言葉はない。ただ、ぱちり、ぱちり、と駒の音が響くだけ。まるで対話をするように。互いの何かを盤上へとぶつけ合い、削り合っていくように。