闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 右からは、磨き上げられた(はがね)が擦れ合う、冷たく規則正しい音と、上質な革の匂い。左からは、獣じみた喚声と、汗と酒と、微かな血の匂い。二つの世界が、玉蓮の身体を境にしてせめぎ合い、その意識をぐらりと揺さぶった。

 玉蓮のすぐ側まで馬を寄せてきた子睿(しえい)が、横に一度視線を投げ、皮肉たっぷりに話しかけてくる。

「さて、明日は退屈な化かし合いですな。玄済(げんさい)崔瑾(さいきん)殿とやらが、どれほどの聖人君子か、お手並み拝見と参りましょう。せっかく、お頭が珍しくも捕虜交換などという会談に(おもむ)くのですから」

 玉蓮は、ふふ、と微笑(ほほえ)んだ。

「聖人君子ほど、腹の中は黒いものかもしれません」

 言ってから、玉蓮は口元を押さえた。まるで赫燕のような皮肉が、自然と口をついて出たことに驚いたのだ。だが、赫燕は珍しく大きな笑い声を漏らした。

「言うようになったじゃねえか、玉蓮。教育の賜物だな」

 まるで悪戯な少年のように破顔するその顔には一切の悪意がなく、純粋な愉悦が浮かんでいる。あまりに無防備なその笑顔に、玉蓮は思わず赫燕の顔をまじまじと見つめてしまった。

 その横から、子睿が「やれやれ」と呆れたように肩をすくめ、付け加える。

「姫様、少し顔色がお悪いのでは? お頭の寝所にまで及ぶ教育も、あまり根を詰めすぎると、お体に(さわ)りますぞ」

「寝所で、無理などさせた覚えはねえがな」

 赫燕は眉一つ動かさず、涼しい顔で答える。玉蓮は、咎める視線を送ったが、彼はそれに構うことなく、どこか愉しげに口元を歪めた。

「まあ、いつも泣かせてはいるか。お前は身体の方が素直だからな」

「お頭!」

 玉蓮は顔を真っ赤にして声を荒らげたが、赫燕は悪びれる様子もなく、豪快に笑い飛ばした。

 その高らかな笑い声は風に乗り、静寂を保つ隣の軍列にまで届いたかもしれない。玉蓮はハッとして、(あわ)てて劉永の軍旗の方角へ視線を走らせた。整然と進む光の軍勢。

 羞恥と背徳感で、玉蓮の頬が赤く火照っていった。