闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 赫燕はそこで初めて顔を上げ、氷のような視線を玉蓮の瞳に突き刺すように向けた。そして、(たの)しげに口の端を吊り上げた。

「……どうやら、お前の昔の男が来るらしい」

 肺の空気が、一瞬で凍りついた。脳裏に浮かんだのは、一人、劉永(りゅうえい)の顔。優しい笑顔、真摯(しんし)な眼差し。遠い日の光景が、一度に胸へと雪崩れ込んでくる。

 微かに冷たくなった指先を一瞬だけ握りしめ、彼女はその動揺を悟られぬように、顔の筋肉を強張らせて、次の一手を指した。しかし、赫燕は玉蓮の内心を見透かすように、喉の奥で笑いを響かせるから、本当に意地が悪い。

「図星か。手が遅くなったな」

(えい)兄様は……そのような方ではございません」

 赫燕は、ほんのわずかに眉を動かした——それが嘲笑なのか、あるいは別の感情なのかは読み取れない。

「……なぜ、わたくしまで会談の場に?」

 返らぬ言葉。沈黙が玉蓮の焦りを募らせ、たまらず言葉を継いだ。

「子睿は、軍師であなたの側近です。同行するのが当然でしょう。ですが、一兵卒にすぎぬわたくしが、そのような場に同席するのは、筋が通りません」

 赫燕は喉を鳴らす。玉蓮の焦りそのものを面白がっているかのような、くつくつとした音がやけに響く。

「公主としての参加だ。あちらさんにも伝えてる。まあ、お前がそこにいるだけで、場が揺れる。それだけで充分だ」

 玉蓮の才覚を認めているのか、それとも、ただの駒として弄んでいるのか。彼の言葉の裏に潜む真意を探ろうとしても、その瞳は深淵のように、何も映してはくれない。

「——誘い出されたな」


 ——パチンッ!


 乾いた音が響き、玉蓮の『王(帥)』が逃げ場を失った。相手が最も嫌がる場所に餌を撒き、じっくりと追い詰めた結果の、必然の詰み。

(……誘い出した?)

 玉蓮は息を呑む。彼が楽しんでいるものは、一体なんなのか。

 その獣じみた眼差しは、盤面すら、玉蓮すらも越えて、天幕の外——遥か彼方の闇を見据えている。まるで、そこに潜む巨大な獲物を捉えたかのように。

 玉蓮は、震える指先を隠すように、膝の上で強く拳を握りしめた。不穏な風が、会談前夜の闇の中を一層強く吹き荒らしていた。