復讐姫と二人の英雄 —殺戮将軍と天才軍師の執着。その天命の盤で美しく狂い咲く—

◇◇◇ 玉蓮(ぎょくれん) ◇◇◇

 白楊(はくよう)国と玄済(げんさい)国の間で、戦火が日増しに激化する中、両陣営の間に衝撃的な報せが舞い込んだ。

 ——捕虜交換。

 戦場において、それはあり得ぬほどの甘言(かんげん)に等しい。だが、その奇妙な話に、赫燕(かくえん)は目を細めて笑った。彼の真意を測りかねる周囲のざわめきをよそに、その瞳には、狙いを定めた獲物を見据える獣のような鋭い光が宿っていた。

 場所は、両国の国境付近に設けられた中立地帯。赫燕は、白楊(はくよう)側の代表の一人として、当然のように軍師の子睿(しえい)を伴い、さらに玉蓮も連れてその場に(おもむ)くと決めた。


 会談前夜、風に揺れる天幕の中で、赫燕と玉蓮は盤を挟んで向かい合っていた。盤上の駒に指をかける彼は、相変わらず上機嫌に不敵な笑みをたたえている。

 その表情からは一片の迷いも読み取れず、玉蓮は(いぶか)しげに彼を仰ぎ見た。天幕の外では、夜の闇が帳を下ろし、遠くで風の唸り声が聞こえるばかり。

 一度、言葉を発しかけて、玉蓮は唇を結んだ。そして、一つ息を吸い込むと、盤上から目を上げずに問いかけた。

「……なぜ、捕虜交換など。お頭が仕組んだのでしょう」

 これまでの冷徹な戦略を考えれば、捕虜を交換するという発想そのものが、彼の行動原理からかけ離れているように思われたのだ。

 常に最短距離で最大の成果を求め、無駄を徹底的に排除する男。捕虜の命に価値を見出すような行動は、無縁のはず。

 赫燕は問いに答えず、その指先で次の一手を滑らせた。一切の迷いを見せないその動きは、まるで彼の思惑を映し出すかのように、玉蓮の陣地へと深く食い込んでいく。

「不満か?」

「捕虜を交換するなど、お頭には考えられません」

 玉蓮は、盤を見据えたまま、言葉を返す。

 その時、赫燕の指先が、駒を前線に押し出して、玉蓮の守りの要であった「車」を、有無を言わさぬ力強さで盤外へ弾き出した。玉蓮は無意識に下唇を噛む。退路を断とうとする彼の手法は、まるで戦場そのものだ。

「あいつもそう思っているんだろう」

「……先生、ですか?」

「俺が、交渉の席で敵の使者を斬り殺しかねないと、な。中央の官僚どもが、わざわざ『お目付け役』を寄越すらしい」

 赫燕の呟きは、天幕の静寂に吸い込まれていく。捕虜交換の裏に隠された真の狙いは、玉蓮にはまだ見えなかった。しかし、この一見奇妙な会談が、白楊国と玄済国の戦局に決定的な影響を与えることは、間違いない。

 そして赫燕は、その全てを承知の上で、淡々と駒を進めているのだ。