闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇

 白楊(はくよう)国・最高峰の学び舎。大都督(だいととく)劉義(りゅうぎ)が統べる私塾とその裏に広がる、絶えず砂を噛むような練兵場。そこに漂うのは、男たちの煮詰まった汗と、武具を拭う油の重苦しい臭気。時折、古い竹簡から立ち上る乾いた墨の香りが、それらと混じり合って鼻の奥に粘りつく。

 玉蓮は、男たちの剥き出しの野心に身を浸しながら、来る日も来る日も木剣を振り抜き、骨の髄まで軍略を染み込ませていた。稽古着の袖は汗と泥で常に重く、腕には絶えず赤黒い(あざ)が花のように咲く。

 だが、痛みなど感じない。玉蓮はそれが誇らしかった。胸の奥底で、どろりと煮えたぎる(どろ)のような炎が、玉蓮の足を無理やりにでも前へ、前へと突き動かすからだ。

 その日、広間では兵の動きを駒に見立てた盤上模擬戦が行われていた。相手は、無駄に体格が良く声だけは威勢のいい兄弟子。十歳を過ぎ、少しばかり背の伸びた玉蓮よりも、二回りは大きい。

 彼は、自らの武勇を誇示するかのように、力任せに駒を打ち据えてくる。だが玉蓮は、その単調な攻勢に呼吸一つ乱さない。静かに盤面を俯瞰すれば、敵の焦りが生んだ綻びが見えた。ほんの僅か、陣形が歪む。そこに吸い込まれるように駒を滑り込ませると、盤を挟んだ向こう側で、獣が喉を鳴らすような「ぐっ」という音がした。

「な、にっ、貴様……!」

「——勝者、玉蓮」

 教官の感嘆とも呆れともつかない声が響く。

 だが、周囲から上がるのは称賛ではない。ひそひそとした囁きと、隠そうともしない舌打ちだ。目の前の兄弟子も、屈辱に顔を真っ赤に染めている。

「ちっ、女の小賢しいやり口だ。戦場にも出られないくせに」

 瞬間、玉蓮は盤面から視線を上げた。立ち上がり、傍らに置いてあった、軍略囲碁に用いられる(かし)の木の固く重い棒を一本、手にする。

「……今の言葉、取り消してください」

 棒の先端を突きつけると、兄弟子の顔が引きつり、頬の筋肉がピクリと震えた。だが、すぐに彼は虚勢を張るように口元を歪める。

「お姫様が、俺に剣で勝てると? 盤の上とはわけが違うんだよ!」

 そう吐き捨て、彼も樫の棒をひったくって構えた。

「ええ。あなたのような猪武者には——!」

 言葉が終わらぬうちに、玉蓮は地面を蹴った。兄弟子が力任せに振り下ろした棒が空を切る音よりも早く、玉蓮は懐へと滑り込む。狙うは一点、体重の乗った右脚の(すね)。ためらいも、容赦もない。全力の踏み込みから放たれた樫の棒が、(すね)を的確に撃ち抜いた。

 乾いた音が響き、棒を通じて、骨がたわむ感触が玉蓮の手にまで伝わってくる。

「ぐ——っ!?」

 兄弟子は白目を()き、空気の抜けた人形のようにその場へ崩れ落ちる。

「ぐ、ぁああっ!」

 無様にのたうち回る男を、玉蓮は冷ややかに見下ろした。勝負はついた。だが、二度と侮られぬように、刻み込む必要がある。表情一つ変えず、樫の棒を高く振り上げた、その時。


「——そこまでだ、玉蓮」


 鋭い声が空気を切り裂き、玉蓮の動きが止まった。