外套(がいとう)がはだけ、月明かりの下に晒される、あまりにも無防備な素肌。

幾多の戦を生き抜いてきた、その肉体に刻まれた古い傷跡。その傷跡から立ち上るかのような、生々しい男の熱。その全てが、今、玉蓮の足元に差し出されている。

見下ろすのでも、見下されるのでもない。ただまっすぐに、深淵(しんえん)が深淵を覗き込むように、瞳が交錯する。

「姉がどう思うか、だと? 死んだ人間のことなんざ、俺が知るか」

冷たい言葉を放つ、赫燕の瞳の奥。そこにあるのは、嘲笑(ちょうしょう)でも、憐憫(れんびん)でもない。ただ、同じ痛みを()る者だけが浮かべる、静かで、深い光。

「だがな、お前が今感じている、その腹の底が(ただ)れる憎しみ。それだけは本物だ」

赫燕の指が、玉蓮の涙を乱暴に拭う。優しさとは程遠く、まるで邪魔な汚れを払うかのように。長年にわたり剣を握り続けてきたとわかる、硬く、節くれだった指が、一瞬だけ玉蓮の頬を包んだ。

なぜ、こんなにも荒々しい指先に、温もりを感じてしまうのだろう。その矛盾に、さらに涙が溢れていく。目の前の漆黒の瞳を、見つめ返す。夜の闇そのものを閉じ込めたかのような瞳を。

「迷うな。その憎しみの行き場が欲しいんだろう」

彼は立ち上がり、玉蓮に背を向ける。

「お前が望むなら、俺が道を作ってやる」

見上げた先、闇のように深く、どこまでも孤独な男の背中と静かに輝く月があった。赫燕はそれだけを告げると、再び闇の中へと消えていく。

その背が消えた先にあるのは、月すら飲み込むほどの暗い道。そして、その道の入り口に、ただ一人、玉蓮だけが残されていた。