闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 軍略のやり取りが続く中で、玉蓮が目の前の戦に対する一つの策を口にした。

「敵の陽動に、あえて我が中央主力部隊を乗らせます」

 玉蓮の指が、地図上の自軍の駒を弾いた。乾いた音を立てて、味方の兵が盤上から消える。

「そうして手薄になった本陣を、餌として敵に曝け出す……いえ、もっと深く喰いつかせます」

 玉蓮は、本陣を示す駒を、無造作に後ろへ下げ、横倒しにした。それは「敗走」を意味する形。

「『兵は()をもって立ち、利をもって動く』……敵将は慎重ですが、あなたへの憎悪は深い。ですから、退却の際、兵に『軍旗』を捨てさせます」

 赫燕は顎で先を促す。

「旗を打ち捨て、我先にと逃げ惑う様を見せつけるのです。そうすれば、敵は『赫燕軍が崩壊した』と確信し、罠を疑う理性を失う。功名心に駆られた敵将は、陣形を伸ばしきって飛び込んでくるはずです」

 躊躇(ためら)いなどない。その冷徹な指先に、赫燕のそれを宿らせる。

「間延びした敵の隊列を、この谷間で引き受けます。伏せていた歩兵で退路を断ち、袋のネズミにする。……ですが、包囲はしません」

「なぜだ」

「包囲すれば、敵は死に物狂いで抵抗します。こちらの損失も増える。ですから——」

 玉蓮の指が、敵の背後に回り込む経路を鋭くなぞった。

(じん)と朱飛の騎馬隊を、敵の両脇から、一点、敵将の首だけを目掛けて突っ込ませます。一撃必殺。総大将の首を確実に仕留めます」

 指先を弾き、敵将の駒を盤外へ突き飛ばした。鋭い音が天幕に響く。

「軍を壊すのではありません。指揮系統(あたま)を潰すのです。そうすれば、手足である数万の敵兵は、ただの烏合の衆となり、自壊します」

 赫燕は喉の奥で、くつりと音を鳴らした。

「……お前は、本当に面白い」

 彼はそう呟くと、玉蓮の頬を親指で乱暴に擦った。その瞳が妖しく歪む。

「そうだ——最後はこれだ」

「っ……」

 突然、視界が揺れた。赫燕の大きな手が、玉蓮の細い首を鷲掴みにしたのだ。

 親指が喉元に這わされ、気道を微かに圧迫する。ほんの少し力を込められれば、容易(たやす)くへし折れるだろう。だというのに、恐怖はない。少しも苦しくないその指の腹から伝わる脈動が、自分の脈と重なり合って脳が痺れる。

 耳元に寄せられた彼の唇が、熱い呼気と共に、囁きを紡ぎ出す。

「——そいつの喉笛に、剣を突き立てろ」