闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇

 夕闇が辺りを覆い始める頃、外で風が唸りを上げ始め、嵐の到来を告げていた。雨を含んだ湿った土の匂いが、赫燕(かくえん)の天幕の中にも立ち込めている。赫燕と玉蓮の二人の目の前には、大きな地図。そして、赫燕が広げられた地図の一点を、指でとんと叩く。

「玉蓮。この城を兵をほとんど失わず手に入れる方法がある。わかるか?」

 玉蓮は、劉義の教えを思い出しながら、慎重に策を巡らせる。

「……兵糧(ひょうろう)攻めにし、内部からの降伏を待つのが、最も被害が少ないかと存じます」

「劉義のじじいに教わった正攻法を聞きに呼んだんじゃねえぞ。そのやり方で、奪えるかよ」

 赫燕は、心底つまらなそうに、ふっと息を漏らした。その侮蔑的な息遣いに、玉蓮の奥歯が、ぎり、と鳴った。布越しに(ふところ)の鳥に触れかけて、そのまま拳を握りしめる。

「お前は本当にあいつそっくりだな。頭かてえっつーか」

「先生をそんな風に言われるのは、心外です」

 彼女は一度、強く目を閉じ、浮かび上がる師の顔を振り払って、目の前の男の呼吸を真似るように、ゆっくりと息を吐いた。

(感情を殺せ。常識を捨てろ。一点のみを見据えろ——勝つために)

 盤上に浮かび上がる駒の一つ一つから、人間としての温度が消え、ただの木片になる。相手が最も嫌がる一手、最も残酷な一手を目掛けて思考を巡らせる。

(将を射るな。ここで壊すべきものは——)

「……城主の、大切なものを壊す」

 その言葉を口にした瞬間、舌の裏がひやりと痺れ、腹の筋が硬くなる。

「城主の娘は、わたくしと同じく戦場に出ると聞いています。今は、右の牙門の戦場にいると。その娘を捕らえ……その首に、剣を添えて……開門を、要求します」

 自身の頭の中で、刃を首に突きつける姿が浮かぶ。色も温度もない、残像の切れ端のように。だが、その言葉の一つ一つを紡いだ唇も、地図を指し示すその指も微かに震えている。そこに突き刺さる、赫燕の視線。

「まだまだだが、悪くねえ」

 その声は、低く喉の奥で笑うような響きと、深く息を吐き出すような響きが、混じり合っていた。そして、彼はゆっくりと立ち上がると、隅に置かれていた一つの古い木箱を引き寄せた。