そこに、ふわりと伽羅(きゃら)が香ったかと思うと、赫燕(かくえん)の足音が間近に迫った。彼は、無言で玉蓮の前に立つと、手に持っていた敵将の首を彼女の足元にごろりと転がした。

見開かれたままの、光のない瞳が、虚空(きょくう)を映している。一気に生臭い血の匂いが周囲に立ち込め、玉蓮は咄嗟(とっさ)に息を止める。

そして、彼は()ねた子供をあやすかのように、その場にゆっくりと屈み込んだ。大きな体が月明かりを遮り、玉蓮は完全に彼の影の中に包まれる。

「玉蓮」

周囲の漆黒の色が濃くなる代わりに、目の前の男の顔だけが炎の明かりに照らされて浮かび上がる。男の指が、玉蓮の顎に触れてそのままゆっくりと持ち上げた。

「よくやった」

低く落とされた一言が胸に広がり、その中心にある臓器の律動を強めていく。昼間、地獄のような光景を無機質に眺めていた男の黒い瞳は、今、まさに玉蓮を映している。

玉蓮の胸の奥から、再びじわりと熱いものが込み上げた。それは、戦場で感じた、どの感情ともまた違う。恐怖でもなく、怒りでもなく、勝利の興奮でもない。

(これは、なんだ)

この男の言葉一つで、自分の心が揺れる。それも嵐のように。玉蓮は、無意識のうちに、歯を食いしばった。

彼の唇の端が、微かに持ち上がっていく。満足げに笑うと、彼はすっくと立ち上がり、近くにいた娼婦たちの肩を乱暴に抱き寄せる。

赫燕の背が天幕の中に消えた瞬間、それまで遠くに聞こえていた宴の喧騒が、どっと耳に流れ込んできた。彼がいたほんの少しの間だけ、世界から音が消えていたのだと、その時ようやく気づいた。