復讐姫と二人の英雄 —殺戮将軍と天才軍師の執着。その天命の盤で美しく狂い咲く—

 砂塵(さじん)舞う荒野。一人の男が、玉蓮の足元に引き据えられていた。城主の嫡男。年齢は玉蓮とそう変わらない。

「お前か。赫燕(かくえん)軍の女兵士は」

 男は玉蓮を見上げ、鼻で笑った。

「あなたは、城主の嫡男ですね」

「傾国と(うた)われる公主が! どうせ、赫燕の夜の慰み者だろう!」

 嘲るような笑み。だが、微かにその裏には怯え、恐れが見え隠れしている。滴り落ちる汗が、震える顎先が、青白く色をなくしていく唇が、玉蓮の視界に映る。

 玉蓮は、表情を変えることなく、足を前に踏み出した。一歩、また一歩と、その男に向かって近づいていく。

「玉蓮」

 朱飛(しゅひ)の制止を促す、鋭い緊張感が込められた一言。それほどまでに、玉蓮は、身動き一つ取れないように縛られた男の間近にまで近づいていた。

 玉蓮は、ゆっくりとその男の周りを歩く。そして、男の右手人差し指に嵌められた、豪奢(ごうしゃ)翡翠(ひすい)の指輪に目を留めた。

「き、貴様ッ」

 玉蓮は、その男の縄で厳重に縛られた手に、まるで貴重な宝石に触れるかのように、そっと指先を伸ばした。

 肌に触れるか触れないかの繊細さで、そのまま指を辿り、狙いを定めていた指輪へと到達する。指先が、冷たい翡翠に触れた瞬間、男の体が一瞬硬直した。

「あなたも……わたくしをお望みですか」

「な、何を……」

 男が毒気を抜かれたように息を呑んだ、その隙。玉蓮は、男の指の関節を強く押し込み、躊躇(ちゅうちょ)なく一気に指輪を引き抜いた。

「——っ!」

 摩擦で皮が擦れる痛みがあったのだろう。男が短く(うめ)く。だが、玉蓮は一切動じない。

「……ならば、この翡翠の指輪を、いただきますね」

「玉蓮」

 背後で見ていた朱飛が、再び名を呼ぶ。これ以上、捕虜と関わるなという警告だろう。だが、玉蓮は抜き取った指輪を空にかざし、ふ、と冷たく微笑(ほほえ)んだ。