ふと、視線を感じて顔を上げると、夕日を背にした人影が崖に立っていた。燃え尽きた灰を眺めるような無機質な瞳をこちらに向けながら。

玉蓮は、その視線から逃れるように俯く。だが、俯いた視線の先に広がるのは、一面の血の海。

胃の()が、ギリギリと締め付けられるような不快感に、決意を支えていた背骨が音を立てて(きし)む気がした。

子睿(しえい)が再び玉蓮の隣に馬を並べる。悲鳴と怒号に混じって、その声が耳に届く。

「捕虜を先ほど一人、放しました」

「……なぜ?」

玉蓮の問いに、子睿(しえい)は涼やかな笑みを浮かべる。

「『白楊の華が、鬼神の如く敵将を討った』——そう伝わるように。お頭の采配(さいはい)です。いやはや、恐ろしいお手並みで」

「それが、何になるというのです」

「伝説は、敵の耳から始まるものですからな」

子睿(しえい)が扇子を口元に当てて微笑んだ。眼下で人が絶叫していることなど、まるで意に介していない、完璧なまでの美しさで。