闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。



 そして数日のうちに迎えた、ひっそりと整えられた出立の日。姉の纏う婚礼衣装は、彼女の命をあらかじめ吸い上げたかのように、目に痛いほど鮮やかな赤を放っている。

 祝いの楽隊も、騒がしい爆竹もない。裏門を包むのは、どぶ川の澱んだ水音と、死肉を漁る鴉のしわがれた鳴き声。その不吉な静寂を切り裂いて、赤の裾が汚れた石畳を擦り、「ず、ず」と重くるしい音を立てる。金糸で編まれた重厚な鳳凰が、まるで姉の華奢な肩に爪を立て、捕らえて放さないかのようにのしかかっていた。

「玉蓮、聞きなさい」

「あね……う、え……」

 こらえきれず、熱いものが頬を伝っていく。

「これからは、お前一人で生きていくのです。何があっても、負けてはいけません。顔を上げなさい。お前は、誇り高き公主なのですから。その責務を果たしなさい」

 玉蓮の涙を拭う指先が、微かに震えていた。ひんやりと凍てつくような冷たさに、玉蓮はしがみつくように頬を寄せる。姉の胸元から伝わる鼓動が、玉蓮の心臓を、逃げ場のない不安で満たしていく。

「……玉蓮は、負けません。もっと、もっと強くなります」

「約束ですよ」

 優しく微笑(ほほえ)む姉の手が、玉蓮(ぎょくれん)の左胸に添えられた。

「最後の、約束です」

「かならず……」

 形を保てないほど震える唇を、なんとか動かして頷く。姉はそれを見て、満足げに笑みを深めた。

玉蓮(ぎょくれん)、これを」

 胸元から取り出された木彫りの鳥が、こてんと玉蓮(ぎょくれん)の手のひらに転がって、その木肌から、微かに爽やかな香りが漂う。

「これは……」

 玉蓮は息を呑んだ。滑らかに磨かれた鳥の背とは対照的に、それを差し出す姉の指先は、いくつもの痛々しい切り傷で埋め尽くされていたからだ。不慣れな手つきで刃物を握り、夜なべをしてこれを削り出した姉の姿が、鮮明に脳裏に浮かぶ。

玉蓮(ぎょくれん)を、守ってくれますように」

 髪を撫でるその手が、いつもよりもずっと柔らかく、ずっと温かくて、言葉にならない声が漏れ出た。

「あ、あねっ……うっ、ぁ」

「……では……参ります」

 清らかな所作で一礼した姉が、重い衣を(ひるがえ)し、檻のような馬車へと吸い込まれていった。

 ——行かないで。口が裂けても言ってはならない言葉を、奥歯が砕けるほどの力で噛み殺す。

(言わなきゃ……姉上に……絶対に)

 頬を流れる涙をぐいと拭い、顔を上げた。

「あ、姉上……どうか、どうか、お幸せにっ——!」

 玉蓮(ぎょくれん)の喉から絞り出された声は、馬車の動き出す音にかき消され、空に吸い込まれていった。その小さな鳥を胸に抱きしめて、遠ざかる馬車を見つめる。馬車の車輪が巻き上げる土埃が、上へ上へと舞い上がっていく。