闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。


 無意識なのだろう。赫燕の指が、胸元の紫水晶に触れた。まるで、そこに焼き付いた誰かの体温を確かめるように。

 彼の眉根がほんのわずかに寄り、杯を持ったままのその指は、強く、白くなるほど握りしめられる。赫燕は、杯を口元に運びながらも、口をつけずに、唇を引き結んだ。

 姉の顔が鮮やかに蘇る。守れなかった、たった一人の大切な存在。姉の衣の赤色と、自分の唇から滴り落ちた雫の赤色が、今も脳裏にこびりついている。

「……お頭」

 目の前の男を覆っていた恐怖の輪郭が、少しずつ揺らいでいく。彼が放つ圧倒的な闇の奥に、自分と同じ、決して癒えることのない傷跡が見える。

 胸の奥で早鐘を打っていた心の臓の音が、ふと、その律動を変えた。けたたましく騒ぐでもなく、恐怖に(おのの)くでもなく、どこか、じくりと疼くような痛みを抱えながら刻んでいる。復讐を誓ったあの日から、腹の奥で燃え盛っている冷たい炎が、ゆらりと強く揺らめいた。


 赫燕は、それきり口を閉ざしてしまった。

 盤面は、すでにどちらの王も裸同然。互いを睨み合うだけの膠着(こうちゃく)状態。勝者も、敗者も、いない。盤上にあるのは、散らばる無数の駒の(しかばね)だけ。

 激しい雨音と、重苦しい沈黙が満ちている天幕の中で、言葉少なに、二人は(かたわ)らにあった杯を干した。こつり、と陶器が卓に置かれる、乾いた音。その音だけが、雨音の合間に、やけに大きく響いた。

 夜が更けても、雨足は強まるばかりで、外へ出ることは叶わなかった。やがて、雨音に閉じ込められるようにして、玉蓮は隅に積まれた獣の毛皮の上に身を寄せた。

 目を閉じても、赫燕の瞳に宿る(くら)い光が蘇る。それは、自らの胸の奥で(くすぶ)る、決して消えることのない痛みと、あまりにもよく似ていた。