「くっ、抜けるぞ! 退くんだ!」

敵将は、崩れていく自陣を焦りの色で見渡すと、突如、馬首を返し、包囲網から抜け出そうと味方の兵士の間を縫って駆け出した。

「玉蓮! 退路をおさえろ!」

迅の言葉が早いか否か、玉蓮は馬を駆り、戸惑う敵将の前に寸分の狂いもなく馬を滑り込ませた。

砂塵(さじん)を巻き上げ現れた玉蓮の姿に、その目が見開かれる。敵兵たちがざわめき、その視線が、漆黒の甲冑を身に纏う玉蓮を貫いた。

「……女、だと? 戦場(いくさば)に小娘が」

敵将は、驚きに見開いた目をすっと細め、鼻で笑った。その唇が、嘲りの形に歪む。しかし玉蓮は微動だにせず、ただ唇だけを動かした。

「首を、もらう」

「笑わせるな! 女に何ができる!」

その言葉と同時に、敵将の馬が玉蓮目掛けて突進する。

「仕留めろ! 玉蓮!」

迅が叫ぶ。直後、耳をつんざくように響く、剣と剣がぶつかる甲高い音。(はがね)が擦れ合うたびに散る火花が、血の匂いを帯びた空気を刹那(せつな)に照らし出した。