復讐姫と二人の英雄 —殺戮将軍と天才軍師の執着。その天命の盤で美しく狂い咲く—

 外は、既に激しい雨音に包まれていた。革張りの幕を、雨粒がまるで無数の小石を投げつけるかのように、乱暴に、激しく叩き続けている。

 赫燕(かくえん)が、追い詰められた王を動かして、盤面の戦況を変える。

「——弱いままでいれば、奪われる」

 ぽつりとした呟き。赫燕の一手に対して、必死に次の一手やその先を考えていた玉蓮の意識が、その小さな声に奪われた。

「奪われ続けるんだ」

 唐突な言葉は、その空間に漂うように響く。赫燕の顔を見ても、盤面に落とされた視線はこちらを向くことはない。

「……」

 盤を見ているようで、何も捉えていない瞳に、玉蓮は言葉を返すことができなかった。空気は、ひどく重く、夜露(よつゆ)に濡れた絹のように肌にまとわりつく。

「……あの将を斬った夜、眠れたか?」

 赫燕は、視線を動かさず、唇からこぼれ落ちるようにして事実だけを問うような平坦な声で尋ねた。

 玉蓮は、あの日を思い出して、深く息を吸い込んだ。あの夜の土と鉄の混じった匂いが、鼻腔(びこう)をかすめる錯覚に陥る。

 今でも、敵将の心の臓を貫いた、あの確かな感触が手に蘇る。骨と肉を断ち切る抵抗。そして、自分を食い入るように見ている瞳が、光を急速に失い、虚空を映して白く濁っていく様が灼きついて離れない。

「……任務ですから。眠れぬはずがありません」

 玉蓮が答えると、赫燕はまるで幼子を諭すかのように、ふっと息を漏らす。その短い吐息が、玉蓮の張り詰めた平静を、わずかに揺るがせる。

「任務、か。便利な言葉だな」

 赫燕の指は駒をコロコロと弄び、その瞳には今まで見たことのないような朧げな光を宿す。その瞳を見ていると、こちらの目頭に勝手に熱が集まりそうで、玉蓮は慌てて盤に視線を落とした。

「だが、夢に見なかったか。斬った相手の顔を」

 玉蓮の駒を掴む手に、思わず力がこもる。何かから背けたくなった顔を、意地でも真っ直ぐに盤に固定して、伏せたくなった瞳を無理やりに見開いた。

「お頭、わたくしは——」

「一人殺せば、そいつの顔が夢に出る。十人殺せば、十の顔だ。百人殺せば、もう誰の顔かもわからなくなる。ただの肉の塊に変わる」

 彼は手にした杯の縁を指でなぞりながら、独り言のように呟く。

「だが、そうなっても、たった一人だけ、忘れられない顔が残る」

 赫燕の視線が虚空(きょくう)彷徨(さまよ)った。いつもは揺らぐことのない、その瞳が微かにでも揺れてしまえば、玉蓮の心の臓がそれに呼応するかのようにぐらりと不安定に軋んでいく。

「そいつは、お前が殺した相手じゃねえ。お前のせいで死んだか、あるいは、お前が守れなかったやつの顔だ」