玉蓮の脳裏に、騎馬民族の(いにしえ)の教えがよぎる。彼らは王でさえも自ら前線に立ち、その武勇を示すことを(たっと)ぶ。

白楊国も確かに騎馬民族を祖に持つ国。それでも——

「でも、お頭が……」

「玉蓮」

玉蓮はなんとかして言葉を紡いだが、朱飛の静かな声によって打ち消された。

「お頭が前に出て、それを追ってくる敵を討つ。それが俺たちのやり方だ」

「ええ、朱飛。その通りです」

子睿(しえい)は柔らかく頷く。玉蓮は息を呑み、再び地図に視線を落とした。

「子睿。お頭を餌にすると言っても、敵がそこまで深追いしてくるという保証は?」

栗色の髪を掻きあげながら、(じん)が問う。迅の問いに、子睿は少しも動じることなく、扇子で口元を隠して、にやりと笑った。

「保証、ですか。ええ、ありますとも。捕虜が、面白いことを歌っておりました。『我らが兵糧(ひょうろう)は三日も保たぬ』と」

その一言に、将たちの顔色が変わる。

兵站(へいたん)が滞っているのです。理由は定かではありませんが、あちらのお国の問題のようですね。故に、敵のあの剛将であれば、必ず短期決戦に乗ってくる」

「おー、なるほどな」

「退路は、朱飛隊がこの獣道に潜み、我らが通り抜けるまで死守。そして、お頭の本隊を追撃してくる飢えた犬たちの、その側面を突くのです」

赫燕に視線を向ければ、彼は杯を(もてあそ)びながら、興味もなさそうに一同を眺めていた。その目が、ふとこちらに向けられ、玉蓮の肩が微かに跳ねる。