◇◇◇
数日後、赫燕軍は、玄済国との国境に位置する城を落とすべく、進軍を開始した。
軍議の天幕に渦巻く、異様な熱気。息を詰める将兵たちの視線が一点に集中する中、赫燕軍の軍師・子睿が広げられた地図を前に、今回の戦術を淀みなく説明する。
染み一つない衣、完璧に結い上げられた髪。まるで、この天幕の中だけが、季節の違う場所であるかのような錯覚を覚える。彼の周りだけ、空気が冷たく澄んでいるのだ。
子睿の声は、理路整然と並べられるように、また歌うようにそこに落とされていく。
「——以上が、今回の策です。我ら本隊は、深く追撃されたと見せかけ、この谷間まで後退します」
その、策の内容に玉蓮の目が見開かれる。一歩間違えば、赫燕もろとも包囲殲滅される危険を孕んでいたからだ。
「子睿。お頭を……餌に、するのですか」
喉が締まり、声が裏返った。自身の声の響きに、一瞬、玉蓮は思わず目を伏せる。しかし、子睿はにこやかな表情を崩さない。
「そうですよ、玉蓮。あなたは反対ですか?」
ゆったりと柔らかい問いかけに、指先まで一気に冷たくなった。この場にいる誰もが、自軍の大将を囮に使うという策に異を唱えない。疑問の声すらも上がらない。
数日後、赫燕軍は、玄済国との国境に位置する城を落とすべく、進軍を開始した。
軍議の天幕に渦巻く、異様な熱気。息を詰める将兵たちの視線が一点に集中する中、赫燕軍の軍師・子睿が広げられた地図を前に、今回の戦術を淀みなく説明する。
染み一つない衣、完璧に結い上げられた髪。まるで、この天幕の中だけが、季節の違う場所であるかのような錯覚を覚える。彼の周りだけ、空気が冷たく澄んでいるのだ。
子睿の声は、理路整然と並べられるように、また歌うようにそこに落とされていく。
「——以上が、今回の策です。我ら本隊は、深く追撃されたと見せかけ、この谷間まで後退します」
その、策の内容に玉蓮の目が見開かれる。一歩間違えば、赫燕もろとも包囲殲滅される危険を孕んでいたからだ。
「子睿。お頭を……餌に、するのですか」
喉が締まり、声が裏返った。自身の声の響きに、一瞬、玉蓮は思わず目を伏せる。しかし、子睿はにこやかな表情を崩さない。
「そうですよ、玉蓮。あなたは反対ですか?」
ゆったりと柔らかい問いかけに、指先まで一気に冷たくなった。この場にいる誰もが、自軍の大将を囮に使うという策に異を唱えない。疑問の声すらも上がらない。

