闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。


「——あ、あなたにッ! あなたに、何がわかるというのです!」

 尖った声が喉から出ていく。月明かりの下で振り返った赫燕が、真っ直ぐ視線を投げる。

「……復讐をしたいなら、手を汚せ」

 次々と落とされていく首。舞い上がる血飛沫(ちしぶき)。土を覆い尽くす血溜まり。

「あなたの、やり方で……」

 むせかえる血の臭い、逃げ惑う悲鳴と命を乞う眼差しが蘇る。

「こんなやり方で、本当に姉上の無念を晴らせるというのですか! 姉上が、喜んでくれるというのですか!」

 敵将の心の臓を貫いた時の感覚が、まだ手に残っている。人の命を奪った感触がこの手に残っているのだ。姉が握ってくれた手は、(あざ)だらけになり、そして今や血に塗れている。

「仇を討つために、あなたと同じ、怪物(ばけもの)になれと!」

 体が支えを失ったように地へ沈んだ。土の湿り気が手のひらを濡らし、(こら)えていた涙が頬を伝って落ちる。

 目蓋(まぶた)の裏にこびりついたように、この手で命を奪った敵兵の眼差しがいくらでも蘇る。戦場に出たことを悔やんでいるわけではない。あの男の喉に刃を突き立てるのだから。ただ、溢れ出てくるこの黒い炎の行き先がわからない。

 玉蓮は、手の先にある土を握りしめた。

 赫燕の足音が近づいてきて、やがて玉蓮の視界にその足元が見えた。そして、玉蓮の目の前まで歩み寄ると、すっとその場に膝をつく。

「——ッ!」

 玉蓮の顔が跳ねるようにして上がった。

 外套(がいとう)がはだけ、月明かりの下に晒される、あまりにも無防備な素肌。幾多の戦を生き抜いてきた、その肉体に刻まれた古い傷跡。その傷跡から立ち上るかのような、生々しい男の熱。その全てが、今、玉蓮の足元に差し出されている。

 見下ろすのでも、見下されるのでもない。真っ直ぐに、深淵(しんえん)が深淵を覗き込むように、瞳が交錯する。

「姉がどう思うか、だと? 死んだ人間のことなんざ、俺が知るか」

 冷たい言葉を放つ、赫燕の瞳の奥。そこにあるのは、嘲笑(ちょうしょう)でも、憐憫(れんびん)でもない。静かで、深い光。まるで同じ痛みを知っているかのような昏い光。

「だがな、お前が今感じている、その腹の底が(ただ)れる憎しみ。それだけは本物だ」

 赫燕の指が、玉蓮の涙を乱暴に拭う。優しさとは程遠く、まるで邪魔な汚れを払うかのように。長年にわたり剣を握り続けてきたとわかる、硬く、節くれだった指が、一瞬だけ玉蓮の頬を包んだ。