「……老将でありながら、その馬捌きと武は凄まじかったと聞いた」

赫燕は一度、言葉を切った。一度、何かを考えるように外された視線が再び老将に戻る。

(くだ)るなら、助けるぞ」

「……その温情に心より感謝する。だが、私は総大将に大恩がある」

「総大将……大都督(だいととく)崔瑾(さいきん)とか言うやつか」

「そうだ。(あるじ)を裏切れぬ。殺してくれ」

老将の顔から懇願(こんがん)の色が消え、代わりに、晴れやかな光さえ宿り、その皺深い目元は穏やかに緩む。

赫燕(かくえん)は、老将を真っ直ぐに見つめ、そして次の瞬間、彼は自らの杯を酒で満たすと、その老将の前に差し出した。

「……お前のような忠臣が、あの愚かな国に仕えているとは、惜しいな」

「将軍……」

「あの子供は、助けてやる」

赫燕はそう言うと、部下に視線を投げる。

「この男に甲冑を着せ、馬と剣を与えろ。牙門(がもん)の精鋭兵と戦わせろ」

「は、はい! ですが、お頭、それは……」

赫燕は答えなかったが、老将は赫燕の真意を悟ったのか、かすかに目を伏せ、深々と頭を下げた。

「……かたじけない」