闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 朱飛(しゅひ)が報告を終え、頭を下げて去っていく。

 彼の足音は、静寂に包まれた天幕に吸い込まれるように消えていくが、天幕を出る直前、朱飛は一度だけ玉蓮に目を向けた。その瞳の奥には、言葉では(すく)えぬほどの複雑な色が滲んでいて、玉蓮はそれをどう受け止めていいか分からずに、小さく息を吐く。

 天幕に残されたのは、全ての感情を噛み殺して俯く玉蓮と、その玉蓮の苦悩を愉しむかのように、ゆっくりと酒杯を傾ける赫燕(かくえん)。沈黙はまるで生き物のように、その場に満ち、玉蓮の心の臓を締め付ける。杯を傾けながら、それまで沈黙を保っていた赫燕が、ついに口を開く。

「昼間の戦、お前は玄済(げんさい)国の斥候(せっこう)と敵将を斬った。その数、十ってところか」

 昼間、敵を撫で切りにした感覚が手のひらに蘇る。向けられる殺気と、命を斬っていく感覚。それを思い出せば、指先から温もりが引いていく。

「あの時、お前の剣に迷いはなかった。なぜだ?」

「……任務でしたから。あなたの軍の兵として、当然の」

「それなら、なぜその後の展開に顔を(しか)めた」

「それは——」

「お前は俺のやり方が気に入らねえんだろう。捕虜を(なぶ)り、民を巻き込む。お前のその綺麗な正義とは相容れない。違うか?」

 反論しようと開いた口からは声が漏れることなく、唇が微かに動いただけ。

「俺という怪物(ばけもの)を使いながら、自分だけは気高くありたいか」

「違う! わたくしは、ただ——」

「ただ、何だ」

 その声に、追い詰められ、思考が止まる。胸中で燻っていた復讐の炎が、急激に(しぼ)んでいく錯覚に(おちい)る。

「ただ——」

 再度、途切れた言葉を繋ごうともがくが、口から出るのは空虚な息。視線は、赫燕の外套(がいとう)に縫い付けられ、顔を上げることができない。

「……復讐、復讐と言いながら、口だけだな」

 そう吐き捨てると、赫燕はゆっくりと立ち上がり、彼女の横を何も言わずに通り過ぎ、天幕の外へと出ていく。取り残された玉蓮の耳に、乾いた足音だけが残る。

「……ッ」

 その背中を見送った瞬間、腹の底から熱い塊がこみ上げ、玉蓮は衝動的に追いかけた。

 獣皮(じゅうひ)を力任せに弾いて外に出れば、天幕の中の(わず)かな暖かさとは違う、冷たくなった風が肌を刺した。月明かりの下、乾いた大地を踏みしめながら、迷いなく歩いていく背中があまりにも大きい。それが悔しくて、玉蓮は肺いっぱいに冷たい夜の空気を吸い込んだ。