◆
その夜更け、玉蓮は、赫燕の天幕に呼び出された。天幕に一歩足を踏み入れると、むわりと、甘ったるい香と強い酒の匂いが彼女の鼻をつく。先ほどまで、あの女たちが彼の腕の中にいたのだ。その匂いが、玉蓮の胸を締め上げる。
赫燕は、素肌に外套だけをかけて、座っていた。
「……お頭、何かご用でしょうか」
玉蓮の棘のある声も気にせずに、赫燕は卓に広げた地図を睨みつけながら、ごきりと音を立てて、大きく肩を回す。
「肩を揉め」
「わたくしが、ですか」
「お前以外に誰がいる。早くしろ」
「…………はい」
玉蓮は、戸惑いながらも彼の背後に立つ。
その背中は、まるで岩壁のように広く硬い。恐る恐るその肩に手を置くと、指先が微かに震えた。硬質な筋肉の上に置かれた自分の手が、あまりにも小さく、頼りない。外套越しに、じんわりと体温が伝わってくる。
その時、彼の胸元に、革紐に繋がれた二つの紫水晶がゆらめいているのが、ふと目に入った。天幕の油灯のあかりを反射して、妖しく光るその奥に、一瞬何かが見えた気がして、玉蓮は目を凝らした。
「なんだ、男の体に触れるのは初めてか」
嘲るような低い声が響き、玉蓮ははっとして、肩を掴む指に力をいれる。
「……初めてではありません」
精一杯の強がりを込めて答えたその声は、自分でもわかるほど上ずっていた。
「ほう。後宮の鳥かごにいたお前が、いつ男を知った」
「先生の元では、兄弟弟子たちに囲まれておりました。このくらい、なんともっ——!」
言葉が終わる前に、腕を引かれ、視界が反転した。抗う暇もなく、次の瞬間には、硬い筋肉の塊の上に抱きとめられていた。
「それは、恐れいったな」
彼の逞しい太ももが、玉蓮の臀部に触れている。熱を帯びた皮膚の感触が、薄い衣擦れの音さえもかき消すほどに、玉蓮の思考を白く弾けさせる。
目の前に迫る分厚い胸板。その白磁のような肌を食い破るように刻まれた、無数の傷跡。そこにあるのは、圧倒的な暴力の痕跡。
「ッ——!」
反射的に視線を上げれば、艶かしい光を宿した赫燕の瞳があった。その瞳は、逃げ場のない獲物を見定めた獣のように、深く、鋭く、玉蓮を捉えて離さない。
「な、にを……」
喉の奥で脈が跳ね、息が勝手に途切れる。目に映るのは赫燕の瞳だけ。伽羅の香が鼻腔をくすぐり、全身を支配していく。
「隙だらけだな」
低く響く声が、玉蓮の鼓膜を震わせる。
「お、お戯れを! おやめくださいっ」
震える声で抗議し、唯一自由な左手で彼の胸を押し返そうとする。鋼のように鍛え上げられた体はまるで岩のように微動だにせず、逆に彼女の指先がその強靭な筋肉に吸い付くようだった。
「ぁ……」
太い指が玉蓮の顎を掴み、軽く持ち上げる。もがく小動物の抵抗を楽しんでいるかのように、赫燕の口角が釣り上がる。
近づいてくる瞳に、玉蓮は金縛りにあったように動けない。彼の呼気が彼女の頬を撫でる。濃い酒の匂いと男の匂いに玉蓮がぐらりと揺らいだ。
その夜更け、玉蓮は、赫燕の天幕に呼び出された。天幕に一歩足を踏み入れると、むわりと、甘ったるい香と強い酒の匂いが彼女の鼻をつく。先ほどまで、あの女たちが彼の腕の中にいたのだ。その匂いが、玉蓮の胸を締め上げる。
赫燕は、素肌に外套だけをかけて、座っていた。
「……お頭、何かご用でしょうか」
玉蓮の棘のある声も気にせずに、赫燕は卓に広げた地図を睨みつけながら、ごきりと音を立てて、大きく肩を回す。
「肩を揉め」
「わたくしが、ですか」
「お前以外に誰がいる。早くしろ」
「…………はい」
玉蓮は、戸惑いながらも彼の背後に立つ。
その背中は、まるで岩壁のように広く硬い。恐る恐るその肩に手を置くと、指先が微かに震えた。硬質な筋肉の上に置かれた自分の手が、あまりにも小さく、頼りない。外套越しに、じんわりと体温が伝わってくる。
その時、彼の胸元に、革紐に繋がれた二つの紫水晶がゆらめいているのが、ふと目に入った。天幕の油灯のあかりを反射して、妖しく光るその奥に、一瞬何かが見えた気がして、玉蓮は目を凝らした。
「なんだ、男の体に触れるのは初めてか」
嘲るような低い声が響き、玉蓮ははっとして、肩を掴む指に力をいれる。
「……初めてではありません」
精一杯の強がりを込めて答えたその声は、自分でもわかるほど上ずっていた。
「ほう。後宮の鳥かごにいたお前が、いつ男を知った」
「先生の元では、兄弟弟子たちに囲まれておりました。このくらい、なんともっ——!」
言葉が終わる前に、腕を引かれ、視界が反転した。抗う暇もなく、次の瞬間には、硬い筋肉の塊の上に抱きとめられていた。
「それは、恐れいったな」
彼の逞しい太ももが、玉蓮の臀部に触れている。熱を帯びた皮膚の感触が、薄い衣擦れの音さえもかき消すほどに、玉蓮の思考を白く弾けさせる。
目の前に迫る分厚い胸板。その白磁のような肌を食い破るように刻まれた、無数の傷跡。そこにあるのは、圧倒的な暴力の痕跡。
「ッ——!」
反射的に視線を上げれば、艶かしい光を宿した赫燕の瞳があった。その瞳は、逃げ場のない獲物を見定めた獣のように、深く、鋭く、玉蓮を捉えて離さない。
「な、にを……」
喉の奥で脈が跳ね、息が勝手に途切れる。目に映るのは赫燕の瞳だけ。伽羅の香が鼻腔をくすぐり、全身を支配していく。
「隙だらけだな」
低く響く声が、玉蓮の鼓膜を震わせる。
「お、お戯れを! おやめくださいっ」
震える声で抗議し、唯一自由な左手で彼の胸を押し返そうとする。鋼のように鍛え上げられた体はまるで岩のように微動だにせず、逆に彼女の指先がその強靭な筋肉に吸い付くようだった。
「ぁ……」
太い指が玉蓮の顎を掴み、軽く持ち上げる。もがく小動物の抵抗を楽しんでいるかのように、赫燕の口角が釣り上がる。
近づいてくる瞳に、玉蓮は金縛りにあったように動けない。彼の呼気が彼女の頬を撫でる。濃い酒の匂いと男の匂いに玉蓮がぐらりと揺らいだ。

