復讐姫と二人の英雄 —殺戮将軍と天才軍師の執着。その天命の盤で美しく狂い咲く—



 その夜更け、玉蓮は、赫燕(かくえん)の天幕に呼び出された。天幕に一歩足を踏み入れると、むわりと、甘ったるい香と強い酒の匂いが彼女の鼻をつく。先ほどまで、あの女たちが彼の腕の中にいたのだ。その匂いが、玉蓮の胸を締め上げる。

 赫燕は、素肌に外套(がいとう)だけをかけて、座っていた。

「……お頭、何かご用でしょうか」

 玉蓮の棘のある声も気にせずに、赫燕は卓に広げた地図を睨みつけながら、ごきりと音を立てて、大きく肩を回す。

「肩を揉め」

「わたくしが、ですか」

「お前以外に誰がいる。早くしろ」

「…………はい」

 玉蓮は、戸惑いながらも彼の背後に立つ。

 その背中は、まるで岩壁のように広く硬い。恐る恐るその肩に手を置くと、指先が微かに震えた。硬質な筋肉の上に置かれた自分の手が、あまりにも小さく、頼りない。外套(がいとう)越しに、じんわりと体温が伝わってくる。

 その時、彼の胸元に、革紐に繋がれた二つの紫水晶がゆらめいているのが、ふと目に入った。天幕の油灯(ゆとう)のあかりを反射して、妖しく光るその奥に、一瞬何かが見えた気がして、玉蓮は目を凝らした。

「なんだ、男の体に触れるのは初めてか」

 (あざけ)るような低い声が響き、玉蓮ははっとして、肩を掴む指に力をいれる。

「……初めてではありません」

 精一杯の強がりを込めて答えたその声は、自分でもわかるほど上ずっていた。

「ほう。後宮の鳥かごにいたお前が、いつ男を知った」

「先生の元では、兄弟弟子たちに囲まれておりました。このくらい、なんともっ——!」

 言葉が終わる前に、腕を引かれ、視界が反転した。抗う暇もなく、次の瞬間には、硬い筋肉の塊の上に抱きとめられていた。

「それは、恐れいったな」

 彼の逞しい太ももが、玉蓮の臀部(でんぶ)に触れている。熱を帯びた皮膚の感触が、薄い衣擦れの音さえもかき消すほどに、玉蓮の思考を白く弾けさせる。

 目の前に迫る分厚い胸板。その白磁のような肌を食い破るように刻まれた、無数の傷跡。そこにあるのは、圧倒的な暴力の痕跡。

「ッ——!」

 反射的に視線を上げれば、(つやめ)かしい光を宿した赫燕の瞳があった。その瞳は、逃げ場のない獲物を見定めた獣のように、深く、鋭く、玉蓮を捉えて離さない。

「な、にを……」

 喉の奥で脈が跳ね、息が勝手に途切れる。目に映るのは赫燕の瞳だけ。伽羅(きゃら)の香が鼻腔(びこう)をくすぐり、全身を支配していく。

「隙だらけだな」

 低く響く声が、玉蓮の鼓膜を震わせる。

「お、お(たわむ)れを! おやめくださいっ」

 震える声で抗議し、唯一自由な左手で彼の胸を押し返そうとする。鋼のように鍛え上げられた体はまるで岩のように微動だにせず、逆に彼女の指先がその強靭(きょうじん)な筋肉に吸い付くようだった。

「ぁ……」

 太い指が玉蓮の顎を掴み、軽く持ち上げる。もがく小動物の抵抗を楽しんでいるかのように、赫燕の口角が釣り上がる。

 近づいてくる瞳に、玉蓮は金縛りにあったように動けない。彼の呼気が彼女の頬を撫でる。濃い酒の匂いと男の匂いに玉蓮がぐらりと揺らいだ。