闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 谷の出口。そこは巨大な石臼(いしうす)のように、逃げ場を失った玄済(げんさい)兵をすり潰していた。

 傷つき、命乞いをする甲高い声が、次の瞬間には断末魔の(うめ)きに変わる。武器を捨てて両手を挙げた兵が、笑い声と共に斬り伏せられる。逃げ惑う背中を、無数の槍が貫く。重なり合った骸の上を、赫燕(かくえん)軍の騎馬が(ひづめ)で踏み荒らしていく。

 そこに「武」はない。あるのは一方的な狩りと、愉悦だけ。

 敵将の血で火照っていたはずの頬から、急速に血の気が引いていく。体の芯に残っていた熱が、まるで冷水を浴びせられたかのように、一瞬で凍てついた。

 煙の匂い、肉を裂く音、鮮血の色——それらすべてが一度に押し寄せ、玉蓮の喉を締め付けた。

「う、ぐッ…」

 酸っぱい液が喉に逆流し、視界がにじむ。肩が震え、(こら)えるように唇を噛んだ。

 姉を殺した国の兵だ。憎むべきものだ。その首が()ねられるたびに、快哉(かいさい)を叫ぶはずだった。胸がすくような思いで、この光景を見るはずだった。だが、鼓動は跳ね上がるばかりで、喉に湧くのは血の匂いに混じる酸の味。

 ふと、視線を感じて顔を上げると、夕日を背にした男が崖に立っていた。紫紺(しこん)の衣をはためかせ、燃え尽きた灰を眺めるような無機質な瞳を玉蓮に向けながら。

 玉蓮は、その視線から逃れるように俯く。だが、俯いた視線の先に広がるのは、一面の血の海。胃の()が、ギリギリと締め付けられるような不快感に、決意を支えていた背骨が音を立てて(きし)む気がした。

 子睿が再び玉蓮の隣に馬を並べる。悲鳴と怒号に混じって、その声が耳に届く。

「捕虜を先ほど一人、放しました」

「……なぜ?」

 玉蓮の問いに、子睿は涼やかな笑みを浮かべる。

「『白楊(はくよう)の華が、鬼神の如く敵将を討った』——そう、生きたまま国へ持ち帰らせるためです」

「それが、何になるというのです」

「お頭の采配(さいはい)ですよ。これであなたの名は、恐怖と共に玄済(げんさい)全土へ轟くでしょう」

 子睿が扇子を口元に当てて微笑(ほほえ)んだ。眼下で人が絶叫していることなど、まるで意に介していない、完璧なまでの美しさで。