そんな二人の間に、新たな影が落ちた。

ゆっくりと、闇の中から現れたかのように、赫燕(かくえん)がそこにいた。彼は倒れたまま(うめ)いている男の頭を、つま先で無造作に転がす。

「……何だ、このザマは」

彼の視線は朱飛を通り越し、震える玉蓮に突き刺さった。

まるで心の臓を直接見透かされているような感覚に、玉蓮の呼吸が止まる。彼が現れただけで、空気そのものが密度を増し、肌を圧迫してくる。

「威勢よく俺の軍に来たと思えば、男数人に囲まれて泣き喚くのが関の山か」

(あざけ)るような響きに、焦げつくような熱が胸を走る。

「復讐だなんだと劉義(りゅうぎ)のじじいのとこで息巻いてた威勢はどこへ行った、姫さん。お前の思いはその程度か」

その言葉で一気に玉蓮の胸の炎が膨らみ、その勢いのまま、目の前の男の瞳を強く見返した。

その刹那。

赫燕(かくえん)の動きがぴたりと止まった。愉悦(ゆえつ)に歪んでいたはずの唇はその形を失い、深淵のような瞳から、玉蓮を(なぶ)る光が消え失せた。

その代わりに宿ったのは、まるで底なしの闇を覗き込むような、(くら)い光。目の前の男の瞳が、僅かに、そして鮮明に揺れている。

(——え?)

しかし、その揺らぎは、瞬き一つをした後に、すぐに元の色に戻った。

「ほう……やっと、獰猛(どうもう)な山猫みたいな目になったな」

赫燕の口元に、再び笑みが浮かんだ。彼はゆったりと一歩、玉蓮に近づく。