その時だった。

風を切る音と共に、男の一人がくぐもった(うめ)き声を上げて崩れ落ちる。倒れた兵の影の向こう、音もなく一人が立つ。

夜風の匂いを纏った男——朱飛(しゅひ)

彼は倒れた男を一瞥(いちべつ)もせず、残りの男たちを、まるで汚物でも見るかのような冷え切った目で見つめた。

「お前ら、誰のものに手を出している」

地を這うような鋭い声。

「下がれ。そいつは、俺の(もの)だ」

男たちの顔から血の気が引いた。抗うという選択肢そのものが、彼らの頭から消し飛んだのか、残りの男たちは蜘蛛の子を散らすように、一目散に逃げ去っていく。

朱飛は、男たちを追うこともなく、ただ静かに玉蓮に手を差し伸べた。差し出された手は、武人らしく硬く、節くれ立っていたが、彼女の腕を掴むその指の動きに、一切の乱暴さはない。

代わりにあったのは、目の前のものを壊さぬよう、慎重に持ち上げるような、確かな力だけ。

「言ったはずだ。軽率な真似はするな、と」

諭すような、それでいて少しだけ呆れたような朱飛の言葉に、玉蓮は唇を噛みしめた。音が溢れ出ようと喉にせり上がるのを、必死で押し殺す。