闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 怪我をした時にはいつだって劉義(りゅうぎ)劉永(りゅうえい)、そして温泰(おんたい)が玉蓮に薬を塗って、布を巻いてくれた。もう一人前だと思って、あの場所を飛び出したくせに、今更に全てを守られていた自分に気づくなんて。

——「玉蓮」

 温かい声が頭の中で響く。陽だまりの中にいる三人を思い出してしまえば、瞳に勝手に熱が集まっていくから、慌てて下を向く。

「まあ、公主が戦場に出るなど、正気の沙汰ではないがな」

 朱飛(しゅひ)の言葉は、まるで石を投げつけるように無遠慮だ。けれど、その指先は驚くほど慎重だった。静けさを(たた)えた瞳が傷を捉え、布は緩むことなく肌に沿う。武骨な指先から伝わる体温は、傷の痛みとは異なる、じんわりとした温かさ。

 処置を終えた朱飛(しゅひ)が、ふと卓の隅に置かれた布の包みに目をやった。そこから(わず)かに、古びた木製の鳥の尾が覗いている。

「……それは?」

「姉が、遺してくれたものです」

 その言葉と共に、玉蓮は丁寧に布包みをほどく。現れたのは、片翼にひびが入った木製の守り鳥。

「姉が玄済(げんさい)国に嫁ぐ日に……」

 震える声で付け加える。ひびを撫でると、いまだにささくれた木片が指に刺さる。その痛みが、何度も玉蓮にあの日の凶報を(よみがえ)らせた。

「わたくしは、姉のように器用ではありませんから。直そうとして、かえって壊してしまいそうで……このままにしているのです」

 朱飛(しゅひ)は何も言わず、ただ、夜の湖のような深い瞳で、その傷ついた鳥をじっと見つめていた。

朱飛(しゅひ)?」

「……いや、なんでもない」

 ぽつりと呟くように返事をして、やがて彼は静かに天幕を出ていった。