闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「おい、姫さん。お前は、朱飛の指揮下で、この道の入り口を死守しろ。敵の斥候(せっこう)一匹たりとも、近づけるな」

 言葉の重みが、ずしりと両肩にのしかかり、拳を握りしめる。しかし、彼の言葉はそれで終わらない。

「そこから——俺と牙門(がもん)を追って飛び込んでくる敵将の首を、(じん)の隊とともに仕留めろ」

 重く、揺るぎないその命令が、玉蓮の鼓膜を震わせる。

(敵将の首を——?)

 まだ一度も実戦を経験したことのない玉蓮は、すぐに言葉を返せずに赫燕を見つめ返す。

 必殺の部隊である(じん)の隊に入り、その最前線で敵将の首をとる。頭の中でそれを繰り返すほどに、地が揺らぎそうになり、玉蓮は強く踏みしめることで、かろうじて頷きを返した。指先は白くこわばり、血の気が引き、剣の(つか)に触れた指の感覚さえ曖昧になっていく。

「お頭。姫さんに、そんなことできんのかよ」

 それまで黙っていた(せつ)が、金色の柔らかな髪を揺らして、からりと笑い、いつものように場違いなほどに軽やかな声を響かせる。

「俺が弓で仕留めてやろっか」

「おい、(せつ)

 朱飛が視線を向けることなく、名前を呼ぶ。(せつ)は「はいはい」と声を返して、興味なさげに天幕の(すみ)にどさりと座る。

 天幕に再び訪れた重い静寂の中、玉蓮の耳元では、自身の鼓動が何よりも大きく鳴り響いている。赫燕の瞳は、玉蓮を捉えたままで、そしてまたゆっくりと口を開く。

「いいな。俺の(いのち)は、お前次第だ」

 玉蓮の口元が、わずかに震えている。武者震いか、それとも恐怖なのか、自分でもわからない。赫燕の目が、玉蓮の心の奥底まで見透かすかのように、鋭く射抜いている。

 その時、天幕の重い獣皮(じゅうひ)の入り口が開き、見慣れた、しかしこの場にはそぐわない柔和な姿が現れた。

「——お待ちください、赫燕将軍」

(えい)兄様」

 天幕の入り口に現れたのは、劉永(りゅうえい)だった。父・劉義(りゅうぎ)からの増援部隊の到着を報せる伝令として、彼は数日前からこの地へ向かっていたのだ。そして、この戦の監視役も兼ねているという。

 彼の表情からは、穏やかな光が消え、その瞳は、赫燕の真意を探るかのように、鋭く細められている。

「その策はあまりに危険です。ましてや、公主にそのような危険な役目を与えるなど!」

「部外者は黙ってろ、劉家の坊っちゃんよ」

 赫燕は、劉永を一瞥(いちべつ)もせずに言い放つ。それまで軽口を叩いていた(せつ)の笑みが消え、(じん)が気まずそうに視線を逸らす。天幕の中の全ての音が、ぴたりと止んだ。

 劉永の顔にはいつもの柔らかな笑みは跡形もなく、その眉間には険しい影が刻まれている。対する赫燕は、まるで面白い見世物でも見つけたかのように、口の端を愉しげに吊り上げただけだった。

「劉義なら、俺の策に口出ししねえ」

「ですが——!」

 劉永が、守るように玉蓮へと手を伸ばす。かつてなら、迷わずその手に(すが)っていたかもしれない。この背中に頼り、そして口だけを動かした。だが。

「お頭」

 玉蓮は、その手を見ることなく、赫燕だけを真っ直ぐに見据えた。

「玉蓮!」

「お役目、必ずや果たしてご覧にいれます」

 劉永の手を視界から外し、放った己の声は、かつてないほど低く、冷たい。赫燕は、どこか満足そうに笑みを深めた。