それまで、天幕の中を微かに揺らめいていた油灯(ゆとう)の炎が、ぴたりと動きを止める。(くすぶ)っていた香炉の煙が、まるで琥珀の中に閉じ込められたかのように、空中で静止する。

音も、光も、空気の流れさえも、全てが、男のその深淵のような瞳に吸い込まれていく。玉蓮は、息ができなかった。まるで、深い水の底に引きずり込まれたかのように。

獲物を前にした獣のように、愉悦と残酷さを同居させた瞳の奥に宿る闇が、玉蓮から思考を奪おうとする。

玉蓮は、どうにか拳を握りしめて、自分の手のひらに爪を立てる。そして、一歩踏み出し、深い恭敬(きょうけい)を込めるためにその場に(ひざまず)いた。

赫燕(かくえん)将軍、この玉蓮、参上いたしました」

玉蓮は顔を伏せ、男に聞こえることのないように息を短く吐く。

それを知ってか知らずか、男はふっと鼻で笑うと、豪奢(ごうしゃ)な椅子に深く身をもたせかけ、ゆっくりと顎を上げた。その視線は、まるで獲物を吟味するように、玉蓮を見下ろしている。

「将軍、じゃねえ」

低く、しかし明確な声が、静寂に包まれた空間に響き渡り、玉蓮の心臓が微かに跳ねた。

赫燕(かくえん)は椅子から立ち上がると、ゆっくりとした動作で玉蓮に歩み寄る。獣のようにしなやかに、足音一つ立てずに近づいてくるその気配に、玉蓮は無意識に息を詰めた。

「ここではお頭だ、姫さん。国なんぞに忠誠を誓った覚えはねえからな」

彼の足が玉蓮の目の前で止まり、その影が、彼女の顔に深く落ちた。玉蓮は顔を上げることもできず、ただその言葉を静かに待つだけ。