闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「おい、こいつらを——」

「お待ちを、赫燕将軍」

 赫燕が傍らに控える兵士に捕虜を引き渡そうとした、その時。捕らえられた玄済(げんさい)の老将が、縛られた体でなお堂々と、しかしはっきりと赫燕を呼んだ。

 その呼びかけに、赫燕はわずかに眉を動かす。そして、老将に視線を向けた。

「我々は捕えられたのだ。この身がどうなろうと、拷問されようと文句はない。それは武人として当然の結末」

 縄に繋がれた手首のまま老将の背筋は崩れず、声はひとつも震えない。瞳の黒は濁っていなかった。

「だが、一つだけ、将軍に願いたいことがある」

 赫燕は、その言葉を黙って聞いていた。目蓋(まぶた)の線は動かず、杯の縁にかけた指は止まったまま。

「捕えられた兵の中に、まだ年端もいかぬ少年兵がいる。このような甘さを敵に願うなど、武人の風上にも置けぬ行為であることは重々承知している。しかし、どうか、あの少年だけは助けてはくれないか」

「……あの薄汚れたガキか」

「あれは、戦争で焼け落ちた村で拾った孤児だ。それさえ叶うのであれば、この命、惜しくはない」

 赫燕の、杯を持つ手がピタリと止まった。

「あんた、名のある士族だろう」

「そうだ」

「なぜ、下僕などを助ける」

「……わからぬ……ただ、あの子の手を取った時、生きてほしい、そう思ったのだ」

 頼む、そう呟くように告げて頭を下げる老将を、赫燕が黙ったまま見下(みおろ)す。そして、その瞳が、ほんの一瞬、どこか遠くを見つめた。

「……老将でありながら、その馬(さば)きと武は凄まじかったと聞いた」

 赫燕は一度、言葉を切った。一度、何かを考えるように外された視線が再び老将に戻る。

(くだ)るなら、助けるぞ」

「……その温情に心より感謝する。だが、私は、総大将に大恩がある」

「総大将……大都督(だいととく)崔瑾(さいきん)とか言うやつか」

「そうだ。(あるじ)を裏切れぬ。殺してくれ」

 老将の顔から懇願(こんがん)の色が消え、代わりに、晴れやかな光さえ宿り、その皺深い目元は穏やかに緩む。

 赫燕は、老将を真っ直ぐに見つめ、そして次の瞬間、彼は自らの杯を酒で満たすと、その老将の前に差し出した。

「……お前のような忠臣が、あの愚かな国に仕えているとは、惜しいな」

「将軍……」

「あの子供は、助けてやる」

 赫燕はそう言うと、部下に視線を投げる。

「この男に甲冑(かっちゅう)を着せ、馬と剣を与えろ。牙門(がもん)の精鋭兵と戦わせろ」

「は、はい! ですが、お頭、それは……」

 赫燕は答えなかったが、老将は真意を悟ったのか、かすかに目を伏せ、深々と頭を下げた。

「……かたじけない」

 これは、処刑ではなく、武人としての名誉ある死を与えるという敬意。