たどり着いた赫燕(かくえん)の天幕。

それは、他のどの天幕よりもひときわ大きく、禍々(まがまが)しい威圧感を放っていた。分厚い獣の皮でできた入り口の幕が、風を孕んで、鈍い音を立てて揺れている。

「お頭、失礼します。公主が来ました」

朱飛の声が響くも、中からは何も声が返ってこない。朱飛を見上げると、ただその静かな瞳で見つめ返され、そして獣皮の幕が上げられると同時に、視線で入れと促される。

中へと足を踏み入れると、まず鼻腔(びこう)を刺激するのは、なめし革の濃厚な匂いと、それに決して混じり合うことのない、一つの気高い香り。


——伽羅(きゃら)


甘い香が鼻をかすめた瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。血と鉄に満ちたこの巣の中で、ひどく場違いで、かえって寒気を誘う。

壁には、戦場で奪いとったであろう国の旗が、何の敬意もなく無造作に飾られている。そして、その天幕の中央、広げられた巨大な地図を一人の男が覗き込んでいる。

玉蓮は無意識に喉をゴクリと鳴らした。

紫紺(しこん)の衣を纏ったその男は、ぞっとするほどにつやめかしい横顔を見せていた。その端正な顔立ちには、どこか退廃的な美しさが宿り、わずかに開かれた唇からは、(かす)かな息遣いが漏れている。

男は玉蓮の存在に気づいているのかいないのか、ただひたすらに地図上の戦線に意識を集中させている。