闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 一人残された天幕の中で、玉蓮は微かに震える指を固く握りしめた。赫燕(かくえん)の言葉が耳の奥で反響し、胸の奥で燃え盛っていた熱が、風に吹かれた炎のように揺らいだ。

 脳裏に、姉の優しい笑顔が浮かび、すぐに、それを引き裂くように、腹違いの姉妹たちの嘲笑が響き渡った。


 ——四肢を切り落とされ、皮を剥がされた——


 震えるな、怯むな、そう言い聞かせるようにさらに拳に力を込める。心の中で、自らに何度も刻みつける。あの男こそ、我が刃なのだ、と。


 どれほどの時間がそうして過ぎたのだろうか。

 厚い獣皮(じゅうひ)の幕が静かに持ち上げられ、入ってきたのは、朱飛(しゅひ)だった。彼は無言のまま、腕に抱えていたものを玉蓮の足元に放り投げた。ドサリ、と鈍い音を立てたのは、使い古された粗末な毛皮が一枚。獣の脂と土の匂いが染み付いている。

「寝床だ……公主用の寝台などないからな」

 淡々とした声。そこに悪意はなく、ただ冷徹な事実だけがあった。玉蓮は、足元の汚れた毛皮を見下ろした。かつて冷たい石の床で眠り、埃にまみれていた日々を思えば、毛皮があるだけ上等だ。玉蓮は眉一つ動かさず、それを拾い上げた。

 次いで朱飛(しゅひ)の顔を見上げれば、そこにあるのは夜の湖のような静かな瞳。玉蓮を「女」として見る情欲も、「姫」として見る敬意もない。ただ「新入りの荷物」を見るような、無機質な色が浮かんでいる。

「天幕は別に用意した。それが大都督から言われた最低限だ」

 朱飛の言葉に、玉蓮の胸がちくりと痛んだ。劉義(りゅうぎ)。あの厳しくも優しい師が、離れてなお、見えぬ手で守ろうとしてくれている。俯きそうになった玉蓮の耳に静かに息を吸い込む音が届く。

「……忠告しておく。ここでは、お前の常識は通用しない。軽率な真似はするな」

 朱飛(しゅひ)はそれだけ言うと、懐から包子(パオズ)を一つ取り出し、無造作に玉蓮の手に押し付ける。

「……食え。ここでは、食える時に食っておかないと死ぬぞ」

 朱飛(しゅひ)は腕を組み、視線で「行くぞ」と促した。

 手に残された、熱い塊。その温もりが、石のように冷え切っていた指先をじんわりと解かしていく。鼻をくすぐる小麦の香りと、肉の脂の匂いが、後宮で残飯を漁った記憶を蘇らせる。獣の巣のただ中で、それは玉蓮にとって、確かに——(せい)の匂いだった。

 玉蓮はそれを宝物のように懐に抱くと、迷いない足取りで朱飛(しゅひ)の後を追った。