闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。



 (てい)の中央には、劉永が彼女のために特別に用意してくれた、一つの碁盤が置かれている。磨かれた盤面は、月光を反射して(ほの)かに光っている。玉蓮はその盤の前に一人、座った。そして、滑らかな指先でゆっくりと碁笥(ごけ)から石を取り出し、盤の上に置き始める。

 ——パチリ。

 澄んだ音が、夜の静寂に波紋を広げる。指先が、魂の奥底に刻まれた記憶を辿り直していく。一つ一つの石が置かれるたびに、過去の情景が鮮やかに蘇った。

——姉の死。盤の隅に打たれる、重く、そしてどうしようもなく黒い一石。全ての始まりだった絶望。

——朱飛との日々。黒石の隣にぽつりと置かれた、不器用な白石。その石は、どれほど闇が迫っても、そこに在り、温かい光を放っている。

——赫燕(かくえん)との出会い。中央の白石を激しく抱く、あまりにも熱く、あまりにも苛烈な黒石の猛攻。盤面を焼き尽くすほどの激情と、隠された孤独。

——崔瑾(さいきん)との邂逅。すべてを受け止め、地を作ろうとする、美しく気高い白の連なり。正義の布石。

——霜牙(そうが)の戦い。そして、玄済(げんさい)国の最期。盤上から取り除かれる無数の黒と白の石。痛みを伴った空白。敵の陣地のまさにその心臓部に打ち下ろされる、冷徹な白石。

 そして。玉蓮は最後の一石を指に挟み、盤の中央を見つめた。

 ——パチリ。

 最後の一石が盤に吸い込まれた瞬間、腹の奥で、とくん、と小さく新しい命が跳ねた。

 盤の上に現れたその形。中心には、あの日、師が教えてくれた天元(てんげん)の星があった。過去の全ての石が繋がり、揺るぎない一つの調和へと結ばれている。白石が、月明かりを受けてさらに輝く。玉蓮は一度、瞳を強く閉じると、頭上の満月を見上げた。

 一つ息をはくと、懐から小さな布袋をゆっくりと取り出す。その手のひらの上には、赫燕から託された一本の匕首と、二つの紫水晶。それらは月明かりを浴びて、妖しくゆらめている。まるで、彼らの生きた証と交錯する運命を映し出しているかのように。

 その二つの石をそっと頬に当てる。ひんやりとした石の感触が、頬に染み渡る。想いを馳せるのは、霜牙の地で、そして王都で散った命たち。光も、熱も、凍えるような闇でさえも。その全てが愛おしい。

 その唇に、安らぎと誓いを刻むように、笑みが浮かぶ。愛も、憎しみも、孤独も、温かさも。全てが混ざり合い、今、確かに己の中で「魂の輝き」となって宿っている。

 光だけではない。闇だけでもない。光の中で、闇を慈しむように抱きながら生きていく。

 闇の中で一輪の白菊が、誇り高く咲き誇るように。