その時、どこからともなく、詩歌(うた)が聞こえてきた。

◇◇◇◇

北天(ほくてん)白菊(はくきく) 月貌(げつぼう)()

霜輝(そうき)凜冽(りんれつ) (しょう)人心(じんしん)

焚尽(ふんじん)英雄(えいゆう) (こん)()(はく)

猶如(ゆうじょ)飛蛾(ひが) 競撲(きょうぼく)()


北の空に咲く白菊は、月のように美しい顔を持つ華である。

その霜のような冷たい輝きは、あまりに気高く、人々の心をもひれ伏せる。

英雄の魂さえも焼き尽くしてしまう、その、あまりにも危険な美しさ。

それでも人々は、まるで火に飛び込む夏の虫のように、競ってその身を滅ぼしにいくのだ。

◇◇◇◇

何度耳にしたかわからない、この詩歌(うた)。いつの間にか、「白楊の華」よりも、この不吉な詩歌のほうが、人々の口に馴染んでいる。

玉蓮は、その詩歌を聞きながら、まるで自分とは関係のない遠い国の物語のように、ただ静かに瞳を閉じた。道行く人々のざわめきが大きくなり、熱気が伝わってくる。

「姫様、迂回いたしましょうか」

御者(ぎょしゃ)の不安げな問いかけに、玉蓮は、ふ、と笑みを浮かべた。

「わたくしを見たいというのなら、見せましょう」

玉蓮の言葉に、御者の背中が跳ねた。

「姫様! なりませぬ!」

玉蓮は静かに窓の布を上げて、その顔を外へと向けた。


その瞬間——


それまで耳をつんざかんばかりだった人々のざわめきが、断ち切られた糸のように途絶えた。

ある者は、開いた口を塞ぐのも忘れ。ある者は、持っていた荷を落としたことにも気づかず。ある者は、膝が折れる。

誰もが言葉を失い、その場に立ち尽くしていた。

玉蓮は、群衆をただ一瞥(いちべつ)し、(まぶた)を伏せて布を下ろした。

「進みなさい」

「……は、は!」

御者は震える声で返事をし、再び馬車が動き出した。