闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 その言葉に、玉蓮が鋭く睨み返そうとした、刹那。ガッ、と強い力で顎を掴まれた。声を上げる間もない。無骨で、剣ダコだらけの指が、素肌に食い込むようにして顔を強引に上向かせる。目の前に迫る、陶磁器のように白く艶めかしい美貌だが、そこから発せられるのは、獲物の喉笛を狙う猛獣の殺気。

 獣じみた瞳が、玉蓮の顔から首筋、そして全身を舐めていく。鼻腔の奥に、あの甘く凍てつく伽羅(きゃら)の香が再び立ち上がる。まるでこの男そのものが、香の発生源であるかのように。

「武芸も知略も悪くない、とな」

「……お頭の、お役に立てるよう、尽力いたします」

 揺るがぬ声で返した玉蓮の瞳を、赫燕(かくえん)は面白そうに覗き込み、喉の奥でクツリと笑った。

玄済(げんさい)国に売り飛ばされ、壊された姉のようにならねばいいがな」

 ——ブワリと、脳髄が沸騰する。玉蓮は、顎を掴まれたまま、目の前の美しい悪魔を射殺すような眼差しで睨みつけた。息が荒くなり、奥歯がギリリと鳴る。

(……姉上の何がわかる!)

 男の口の端が、三日月のように吊り上がる。

「玉蓮、か」

 赫燕(かくえん)の指先が、玉蓮の頬をなぞった瞬間、背筋が勝手に震えた。逃げ出したいのに、膝は地に縫い付けられたまま。

「いいだろう。朱飛(しゅひ)に預ける」

 赫燕(かくえん)はそう言うと、玉蓮の耳元へと唇を寄せた。触れるか触れないかの距離。甘く凍てつく伽羅(きゃら)の香りが、玉蓮の肺を強引に侵食する。

「……だが、覚えておけ」

 鼓膜を震わせる、低く、重い響き。

「お前の首輪は、俺が持つ」

 熱い吐息が、烙印のように耳に残った。

 彼はそれだけを告げると、満足したように玉蓮から離れ、天幕の外へと出て行った。闇に溶け込むように消えていくその背中は、この世の全てのしがらみを拒絶し、己の道をただひたすらに突き進む、孤高の獣のようだった。