闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

「今なら、大丈夫だろう?」

 その声は、そよ風のように静かで、確かな温もりを宿していた。劉永は、ずっと大切にこの鳥を保管していてくれたのだ。玉蓮がこの贈り物を受け止められる日が来るまで。

 瞳からは涙がとめどなく流れ続けたが、小さな木製の鳥をその手に包みながら、玉蓮は何度も頷いた。姉の指の感触。朱飛の、あの節くれだった手のひらの厚み。そして、この鳥をずっと大切に守り続けてくれた劉永の温もり。三人のあまりにも優しい愛情が、小さな守り鳥を通して玉蓮の心へと流れ込んでくる。


「——劉永様!」


 そこへ、騒がしい足音が近づいてきた。劉義(りゅうぎ)と涙を浮かべた温泰(おんたい)、そして茶を持つ翠花(スイファ)がやってくる。温泰(おんたい)の目は、孫の誕生を待ちわびるかのように、喜びで潤んでいた。

「このじいは、もう、思い残すことはございません……! あのような修羅場を乗り越え、このような日が来るとは!」

 温泰(おんたい)は、感極まったように声を震わせ、何度も袖で目頭を押さえた。

「ふふ、温泰(おんたい)様は毎日のようにおっしゃっていますね」

「……まったく、その言葉、何度目だ」

 劉義が呆れたように笑い、翠花が無邪気な笑い声を上げる。

「愚息と愚弟子のせいで、私は朝廷で睨まれているがな。おかげで隠居どころか、連日激務だ」

 劉義がそうぼやけば、劉永と玉蓮の顔が一斉にそちらに向けられる。

「なんと、父上。天才軍師・劉義ともあろうお方が、一国の大臣どもさえ(ぎょ)せないとは」

「そうです、先生。先生に不可能はございません。なんなら、反する者は、わたくしが葬ります」

 玉蓮が穏やかに微笑(ほほえ)みながら口にした冗談に、劉義はぎょっとした後、いつものように深いため息を漏らした。

「さすがです、奥様! 腕が鳴りますね!」

 翠花(スイファ)が得意げに胸を張る。

「玉蓮……全く、お前は母になるというのに相変わらずだな」

 劉義は、苦笑しながら玉蓮の頭をなでつける。その手つきは、かつて教え子に向けたものよりも、ずっと柔らかい。

「まあ、問題ない。玉蓮が持ち帰った証拠によって、大孤(だいこ)玄済(げんさい)、そして元・夏国(かこく)の者……その全てが白楊(はくよう)に礼をとっている。全ての国を貶めていた、腐敗の根幹を除いたのだからな」

「そうですぞ、劉義様! 姫様が嫁いでこられ、さらにはこんなにも大きな幸福が訪れるなど!」

温泰(おんたい)は相変わらずですね」

 涙まじりに玉蓮は笑う。

「姫に何をするって、あんなに怒っていたのにね」

 劉永は朗らかに笑った。その声は、屋敷の縁側に明るく響き渡る。

 玉蓮は、その響を、そして腹の内で動く新しい命の気配を、縁側に差し込む温かい陽光と共に、全身で受け止めていた。後宮の冷たい石の床でも、血と鉄の匂いがする戦場でもない。ただ、愛する人々と穏やかな日差しに包まれて、新しい命を育む場所。

(えい)兄様……」

「ん?」

「わたくし……幸せです」

 繋いだ手を劉永が口元に運んで、慈しむように唇を落とす。そんな日常が眩しくて、玉蓮は劉永の肩に頭をゆったりと預けた。

 庭を吹き抜ける風が、新しい季節の香りを運んでくる。