闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 子睿(しえい) ◇◇◇

——悪くない。いや、上々。

 眼下で繰り広げられる戦局を俯瞰(ふかん)しながら、子睿(しえい)は開いた扇の向こうで、静かに口角を上げた。崔瑾(さいきん)率いる玄済(げんさい)軍の先鋒は、牙門(がもん)の一撃で、あまりにもあっけなく崩壊した。そこに、(せつ)の隊の矢の雨が降り注ぐ。

 敵部隊が、まるで砂上の楼閣(ろうかく)のように(もろ)く崩れ去る様は、子睿(しえい)の予測を遥かに上回るものだった。いくら崔瑾(さいきん)とて、この獣の群れのような勢いは、止められまい。


(——我らが欲しているものは目の前だ。王都、呂北(ろほく)がこの先にある)


 軍をわずかに前進させた先、子睿(しえい)の耳が、馬蹄(ばてい)の響きに混じる奇妙な音を捉えた。ぬかるみのはずなのに、時折、乾いた板が重さに(きし)むような音がする。


(なんだ?)


 あり得べからざる可能性が、黒い染みのように、思考に広がっていく。そうだ、崩壊があまりにも見事すぎる。まるで、最初から崩れることが決まっていたかのように。


「——これは」


 子睿(しえい)は扇を閉じ、眉を(ひそ)めた。前衛突撃の速度が、僅かに、しかし、確実に落ちている。馬の脚が、妙にぬかるんだ土に取られているのだ。ここ数日、雨はないはずだが、泥は新しく柔らかい——これは、誰かが地をいじっている。

 そして、何よりこちらの兵が計ったように削られていく。目の前に現れる、槍と大盾の壁。それを突破したかと思えば、その奥からまったく同じ壁が現れる。一度ではない。二度、三度——計ったように繰り返される。

「まさか……」