闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 しかし、玉蓮は目の前の女だけを見つめていた。太后は相変わらず無言のままで、虚ろな目をこちらに向けている。彼女の表情からは、何の感情も読み取れず、人形のようにそこに座っていた。

 玉蓮は懐から、香炉(こうろ)の欠片を取り出して掲げた。

「あなたの母君を殺した凶器は、これにございます。()の国を象徴する四本角の龍が施された香炉(こうろ)

 王は玉蓮の手にある欠片を凝視している。四本角の龍が彫り込まれたそれを。

「貴様は何を言っている! 母上が()の国から嫁がれたことは周知の事実! これがあるから何だというのだ!」

 王は、その言葉と共に玉蓮に掴みかかろうとした。だが、その横で、太后が、ふうっと美しく紅い唇で息を漏らす。遠い昔を懐かしむような、あるいは諦めのような、複雑な感情を宿して。

「それは確かに私が当時の王后(おうこう)に贈った、()の国の香炉(こうろ)の欠片……それが、どうしたというのだ?」

「この香炉(こうろ)には、毒性の高い鉱物、『龍の逆鱗(げきりん)』が塗られております。()の国の王家に伝わる秘伝の鉱物。崔王后(さいおうこう)の火災の記録にも香炉(こうろ)があったと残っています」

 玉蓮は、王ではなく、太后だけを見据えている。彼女の視線が香炉から玉蓮へと移る。その深淵のごとき双眸(そうぼう)の奥で、微かな動揺が波紋のように広がった。

太后(たいこう)様。なぜ、崔王后(さいおうこう)に、この呪いの龍の香炉を贈られたのですか」

「……呪いの龍?」

 王が、震える声でそう呟く。玉蓮は、ゆっくりと王へと視線を向ける。

「これは、()の国の王族に古くから伝わる『蟠龍(ばんりゅう)蠱毒(こどく)』。四本の角を持ち、とぐろを巻く龍は、まさしく呪いの印。この香炉で焚く香毒は、極上の伽羅(きゃら)の香りを装い、嗅いだものを緩やかに、しかし確実に死に導きます。あなたを命懸けで救ったと語る、この女が、あなたの母君に贈ったのです」

 王の顔から血の気が引き、その瞳には激しい戦慄が浮かぶ。そして、太后からは息を呑む音が聞こえた。

「そなた……なぜ、それを」

「そちらの伽羅(きゃら)の香に、この欠片を入れますか?」

 太后は、ゴクリと喉をならした。その音は、まるで乾いた大地に落ちる一滴の水のように、重く響く。玉蓮は、再び王を視界に入れた。