王宮の最も高い楼閣。迷いなく進み、一枚の重厚な扉の前に辿り着く。息を整え、扉を押し開いた。
そこにあったのは、この外の燃え盛る地獄とはあまりにも不釣り合いな、完璧な「静」の世界。床は磨き上げられ、塵一つない。空気はあの甘く昏い極上の伽羅の香に満たされている。
そして、その部屋の中央。月明かりが差し込む窓辺で、碁盤に向かう、一人の女。年の頃は四十を過ぎたあたり。しかしその肌には一つの衰えもなく、その貌は、かつて国を傾けたであろう絶対的なまでの美しさと、氷のような冷たさを宿している。
太后は盤から目を上げず、呟いた。
「……やはり、そなたが来たか。白楊の華よ」
玉蓮はその声に逆らうことなく、ゆっくりと、その盤の向かい側へと歩みを進めた。目の前に座した玉蓮を見ずに、パチリ、と石が置かれる。
「崔瑾を殺した一手が間違いだったのか。近衛との内戦、白楊軍の雪崩のような猛攻……何一つ止められぬわ。赫燕という象徴を討ち取ってなお、白楊国にここまで力があったとはな」
「……全ては、描かれていたのです」
玉蓮の言葉に、太后の視線が上がる。
「崔瑾が?」
玉蓮も太后の目を見返した。美しい顔の眉根が顰められているが、玉蓮はそれ以上言葉を続けなかった。
見つめ合う二人の間に、張り詰めた空気が漂う。その静寂を破るかのように、扉の向こうからけたたましい足音が響き渡り、やがて轟音と共に扉が破壊されるかのように打ち鳴らされた。
「は、母上!」
転がるように駆け込んできた男。その重厚な龍袍は無残に煤けていた。
「火の手が上がっております! もう王宮は保ちませぬ。大孤に逃げましょう!!」
王は、何も答えぬ太后の視線を追うようにして玉蓮を視界に捉えた。そして、血塗れの玉蓮の姿に、「ひっ」と短い悲鳴を上げる。
「……ば、怪物め! 母上に何をする気だ!」
その剣幕にも動じず、玉蓮は目の前の女から目を逸らさずに冷たく告げた。
「いつまで、この方を母と呼ぶのですか」
「……な、にを……言っている!」
「生母を手にかけた仇を『母』と呼ぶ。これほど不敬で滑稽なことが他にあるでしょうか」
「……は? き、貴様こそ、なんと不敬な!」
王の声は上ずり、玉蓮の言葉の意味を理解することを拒むかのように、必死に反論しようとする。
そこにあったのは、この外の燃え盛る地獄とはあまりにも不釣り合いな、完璧な「静」の世界。床は磨き上げられ、塵一つない。空気はあの甘く昏い極上の伽羅の香に満たされている。
そして、その部屋の中央。月明かりが差し込む窓辺で、碁盤に向かう、一人の女。年の頃は四十を過ぎたあたり。しかしその肌には一つの衰えもなく、その貌は、かつて国を傾けたであろう絶対的なまでの美しさと、氷のような冷たさを宿している。
太后は盤から目を上げず、呟いた。
「……やはり、そなたが来たか。白楊の華よ」
玉蓮はその声に逆らうことなく、ゆっくりと、その盤の向かい側へと歩みを進めた。目の前に座した玉蓮を見ずに、パチリ、と石が置かれる。
「崔瑾を殺した一手が間違いだったのか。近衛との内戦、白楊軍の雪崩のような猛攻……何一つ止められぬわ。赫燕という象徴を討ち取ってなお、白楊国にここまで力があったとはな」
「……全ては、描かれていたのです」
玉蓮の言葉に、太后の視線が上がる。
「崔瑾が?」
玉蓮も太后の目を見返した。美しい顔の眉根が顰められているが、玉蓮はそれ以上言葉を続けなかった。
見つめ合う二人の間に、張り詰めた空気が漂う。その静寂を破るかのように、扉の向こうからけたたましい足音が響き渡り、やがて轟音と共に扉が破壊されるかのように打ち鳴らされた。
「は、母上!」
転がるように駆け込んできた男。その重厚な龍袍は無残に煤けていた。
「火の手が上がっております! もう王宮は保ちませぬ。大孤に逃げましょう!!」
王は、何も答えぬ太后の視線を追うようにして玉蓮を視界に捉えた。そして、血塗れの玉蓮の姿に、「ひっ」と短い悲鳴を上げる。
「……ば、怪物め! 母上に何をする気だ!」
その剣幕にも動じず、玉蓮は目の前の女から目を逸らさずに冷たく告げた。
「いつまで、この方を母と呼ぶのですか」
「……な、にを……言っている!」
「生母を手にかけた仇を『母』と呼ぶ。これほど不敬で滑稽なことが他にあるでしょうか」
「……は? き、貴様こそ、なんと不敬な!」
王の声は上ずり、玉蓮の言葉の意味を理解することを拒むかのように、必死に反論しようとする。

