血の匂いに気づいた見回りの兵の叫びが、屋敷に一気に広がった。怒号と悲鳴が入り混じり、慌ただしい足音が建物を揺るがす。
玉蓮は、焦る様子もなく、足元に転がる周礼の死体の前に屈み込んだ。まだ温かい懐へ、躊躇なく血に濡れた手を差し入れる。指先が、カツンと木の感触——王宮の通行手形——を捉えた、その時。
部屋の扉が外から激しく蹴破られた。けたたましい音を立てて木片が四方八方に飛び散る。玉蓮は、返り血で赤黒く染まった顔を、ゆっくりと上げた。
「玉蓮様!」
そこに立っていたのは、阿扇だった。肩で息をする彼の視線が、緋に染まった玉蓮の姿と、その足元に転がる男の骸に釘付けになる。阿扇の目が驚愕に見開かれ、息が引きつった。
「貴女が……?」
言葉を失う阿扇に、玉蓮は能面のような静けさで頷いた。阿扇は短く舌打ちを一つすると、迷いなく腰の剣を抜き放ち、玉蓮の元へ駆け寄る。
「阿扇、なぜここに……?」
「……周礼が屋敷に向かったと聞き……守らなければ、と」
彼は唇を真一文字に結び、短く息を吐いた。
「崔瑾様は、官位を剥奪される前に『大都督府名義の移送令』を出しておられました。拘置中の側近は兵部監へ引き渡せ、と。私はその状を持って詰所へ行き、詔が回る前になんとか馬斗琉たちを連れ出したのです」
「旦那様が……」
玉蓮が小さく呟き、胸を押さえた。崔瑾は自分が囚われることさえ計算し、残される者たちが動けるよう布石を打っていたのだ。
阿扇は深く息を吸い込み、屋敷の空気を震わせる声で叫んだ。
「総員、聞け! 崔瑾様が命に代えても守ろうとした方だ! 何としても、守り抜けッ!!」
絶叫のような下知が回廊を駆け巡る。その声に呼応し、廊下の向こうで旧臣たちが一斉に剣を構えた。彼らは皆、長きにわたり崔瑾に仕え、その正義を信じてきた者たちだ。
その姿を見て、玉蓮は一つ息を吐き、部屋の隅にある寝台へ走った。隠し箱の中から一本の曲剣と証拠の包みを取り出す。包みを懐の奥深くへしまい、慣れた手つきで剣を構えた。
「わたくしも戦います!」
「玉蓮様……」
「翠花は?」
「ご安心を。私の部下が保護して、裏から逃がしました」
玉蓮は、阿扇に頷きを返した。屋敷の門はすでに破壊されたようで、周礼の私兵たちが怒涛の如く押し寄せてくる。
玉蓮は、焦る様子もなく、足元に転がる周礼の死体の前に屈み込んだ。まだ温かい懐へ、躊躇なく血に濡れた手を差し入れる。指先が、カツンと木の感触——王宮の通行手形——を捉えた、その時。
部屋の扉が外から激しく蹴破られた。けたたましい音を立てて木片が四方八方に飛び散る。玉蓮は、返り血で赤黒く染まった顔を、ゆっくりと上げた。
「玉蓮様!」
そこに立っていたのは、阿扇だった。肩で息をする彼の視線が、緋に染まった玉蓮の姿と、その足元に転がる男の骸に釘付けになる。阿扇の目が驚愕に見開かれ、息が引きつった。
「貴女が……?」
言葉を失う阿扇に、玉蓮は能面のような静けさで頷いた。阿扇は短く舌打ちを一つすると、迷いなく腰の剣を抜き放ち、玉蓮の元へ駆け寄る。
「阿扇、なぜここに……?」
「……周礼が屋敷に向かったと聞き……守らなければ、と」
彼は唇を真一文字に結び、短く息を吐いた。
「崔瑾様は、官位を剥奪される前に『大都督府名義の移送令』を出しておられました。拘置中の側近は兵部監へ引き渡せ、と。私はその状を持って詰所へ行き、詔が回る前になんとか馬斗琉たちを連れ出したのです」
「旦那様が……」
玉蓮が小さく呟き、胸を押さえた。崔瑾は自分が囚われることさえ計算し、残される者たちが動けるよう布石を打っていたのだ。
阿扇は深く息を吸い込み、屋敷の空気を震わせる声で叫んだ。
「総員、聞け! 崔瑾様が命に代えても守ろうとした方だ! 何としても、守り抜けッ!!」
絶叫のような下知が回廊を駆け巡る。その声に呼応し、廊下の向こうで旧臣たちが一斉に剣を構えた。彼らは皆、長きにわたり崔瑾に仕え、その正義を信じてきた者たちだ。
その姿を見て、玉蓮は一つ息を吐き、部屋の隅にある寝台へ走った。隠し箱の中から一本の曲剣と証拠の包みを取り出す。包みを懐の奥深くへしまい、慣れた手つきで剣を構えた。
「わたくしも戦います!」
「玉蓮様……」
「翠花は?」
「ご安心を。私の部下が保護して、裏から逃がしました」
玉蓮は、阿扇に頷きを返した。屋敷の門はすでに破壊されたようで、周礼の私兵たちが怒涛の如く押し寄せてくる。

