◇◇◇ 阿扇 ◇◇◇
崔瑾の言葉は、表向きは妻の身を案じる完璧なものだった。だが、その瞳の奥に宿る、燃えるような光は、信念や正義などではない。それは、自らの「所有物」を誰にも決して渡さないという、狂おしいまでの独占欲の色だ。
「馬斗琉、あれは……崔瑾様は、一体」
「どうお止めすれば良いのかわからぬ……崔瑾様が、闇に囚われていくようだ」
阿扇は、馬斗琉の答えを聞いて顔を歪めた。
かつて、戦場で命を落としかけた所を、崔瑾に救われた恩がある。命を賭してでも、お仕えすると誓った主。この国に必要な、唯一の光とも言える主が闇に囚われていくなど、一体、誰が予想したであろうか。その光を曇らせる、あの姫はなんなのだ。
市井の見回りをしながらも、怒りがおさまらず、大きく息を吐いた。その時。それを耳にした。
夕暮れの路地裏で、鞠つきに興じる幾人かの幼い少女たちが、無邪気な声で歌を紡いでいた。その歌声は、あまりにも無邪気で、しかし、その響きはあまりにも不吉な予感を孕んでいる。馬斗琉も同じように足を止め、互いに顔を見合わせた。自分の目が見開くのがわかる。
「あれは、何だ……」
同行していた部下の一人に問いかける。部下は困惑した表情を浮かべながらも、すぐに口を開いた。
「あれは、最近、この呂北で、誰もが口ずさむ童歌です。子供たちの間で流行っているようで……」
鞠が何度も地面を跳ね、高らかな音を立てる。少女たちの歌声が、黄昏の空に響き渡る。
「白菊、白菊 美しい
語るな、触れるな、気をつけろ
その白き花弁に、触れたなら
国は 紅に染まるだろう」
「白菊見たら、目ん玉ぽろりとおっこちる
その声聞いたら、お耳は腐って聞こえない
心を盗られて、黄泉路をたどる影法師
お城も、お家も、火事になる」
阿扇は、歌い終えた少女たちが、けらけらと笑いながら鞠を追う姿を、しばし見つめていた。その歌が、まるで白菊に魅入られた誰かの未来の姿のように思えてならなかった。そして、その夕陽に、遠く未来の焼け跡が重なるようで、言い知れぬ不安が胸を刺す。
これは、もはや懸念や危惧といった、生やさしいものなどではない。無垢な子供たちの歌声に乗って、不吉な予言は街中に広がり、人々の心に漠然とした強い恐怖を植え付けている。そして、阿扇の脳裏には、一人の姿が浮かんでいる。白く清らかな花弁を持ちながらも、その美しさが故に、破滅を招く厄災の姿が。
崔瑾の言葉は、表向きは妻の身を案じる完璧なものだった。だが、その瞳の奥に宿る、燃えるような光は、信念や正義などではない。それは、自らの「所有物」を誰にも決して渡さないという、狂おしいまでの独占欲の色だ。
「馬斗琉、あれは……崔瑾様は、一体」
「どうお止めすれば良いのかわからぬ……崔瑾様が、闇に囚われていくようだ」
阿扇は、馬斗琉の答えを聞いて顔を歪めた。
かつて、戦場で命を落としかけた所を、崔瑾に救われた恩がある。命を賭してでも、お仕えすると誓った主。この国に必要な、唯一の光とも言える主が闇に囚われていくなど、一体、誰が予想したであろうか。その光を曇らせる、あの姫はなんなのだ。
市井の見回りをしながらも、怒りがおさまらず、大きく息を吐いた。その時。それを耳にした。
夕暮れの路地裏で、鞠つきに興じる幾人かの幼い少女たちが、無邪気な声で歌を紡いでいた。その歌声は、あまりにも無邪気で、しかし、その響きはあまりにも不吉な予感を孕んでいる。馬斗琉も同じように足を止め、互いに顔を見合わせた。自分の目が見開くのがわかる。
「あれは、何だ……」
同行していた部下の一人に問いかける。部下は困惑した表情を浮かべながらも、すぐに口を開いた。
「あれは、最近、この呂北で、誰もが口ずさむ童歌です。子供たちの間で流行っているようで……」
鞠が何度も地面を跳ね、高らかな音を立てる。少女たちの歌声が、黄昏の空に響き渡る。
「白菊、白菊 美しい
語るな、触れるな、気をつけろ
その白き花弁に、触れたなら
国は 紅に染まるだろう」
「白菊見たら、目ん玉ぽろりとおっこちる
その声聞いたら、お耳は腐って聞こえない
心を盗られて、黄泉路をたどる影法師
お城も、お家も、火事になる」
阿扇は、歌い終えた少女たちが、けらけらと笑いながら鞠を追う姿を、しばし見つめていた。その歌が、まるで白菊に魅入られた誰かの未来の姿のように思えてならなかった。そして、その夕陽に、遠く未来の焼け跡が重なるようで、言い知れぬ不安が胸を刺す。
これは、もはや懸念や危惧といった、生やさしいものなどではない。無垢な子供たちの歌声に乗って、不吉な予言は街中に広がり、人々の心に漠然とした強い恐怖を植え付けている。そして、阿扇の脳裏には、一人の姿が浮かんでいる。白く清らかな花弁を持ちながらも、その美しさが故に、破滅を招く厄災の姿が。

