闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

 そのまま広げて、目を走らせていた朱飛(しゅひ)の顔が見るからに、険しくなっていく。額に汗が出て、そのまま肌に伝った。

「朱飛、何してる」

 赫燕(かくえん)は、興味なさげに吐き捨てたが、朱飛(しゅひ)は一度、赫燕(かくえん)を見て、視線を泳がせた。そして、書簡を大きく開く。

「これを……!」

 赫燕(かくえん)は、(いぶか)しげに朱飛の手元を覗き込む。そこに記されていたのは、二十年程前、当時の王后(おうこう)(さい)氏が火災で命を落としたとされる記録。夏国(かこく)を滅ぼした翌年に、王后の宮で火災発生。王后(おうこう)が亡くなり、そのまま豊かな夏国(かこく)の地、現在の呂北(ろほく)遷都(せんと)

 そして、その記録の最後の一文。焼け跡の検分記録の中に、それはあった。

『……王后宮(おうこうきゅう)、寝所、焼け跡より『龍の香炉(こうろ)』の破片、発見さる。火元とは異なると見られる。ただし、香炉の形状、紋様の詳細は焼損(しょうそん)により判別不能……』

「……龍の香炉(こうろ)、だと?」

 赫燕(かくえん)の動きが止まる。全身の血が、とたんに凪いでいくように冷たくなる。

「……玄済(げんさい)国の当時の王后(おうこう)は、国の名門・崔家の出身のはず。奪った戦利品が巡り巡って?」

「んな偶然あってたまるか」

「……ですよね」

「十中八九、蜷局(とぐろ)龍だな」

 赫燕(かくえん)の唇から、はっと、まるで、肺に残った最後の空気を吐き出すかのような、乾いた笑いがこぼれる。皮肉のような、絶望のような、そしてどこか嬉しさすら混じる。

「もう少し読む。終わったら、本陣の、俺の天幕に置いておけ」

「御意」

 赫燕(かくえん)は、朱飛(しゅひ)の手から書簡を受け取り、ゆっくりと閉じる。それで己の頭を数度小突く。

「あんたは、いつだってそうだ。流石だぜ」

 赫燕(かくえん)は、書庫の闇の中で、ゆっくりと唇の端を釣り上げていく。書簡を握った手からは、ぎりりと鈍い音がした。