闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。



 その夜。赫燕(かくえん)は、朱飛(しゅひ)だけを伴い、旧王宮の半ば崩れかけた書庫へと、足を運んでいた。

 自らが生まれ、そして滅ぼされた国の「真実」の記録が、この打ち捨てられた都の片隅に、眠っているのではないか。玄済(げんさい)国が、いかにして歴史を捏造(ねつぞう)したのか。その汚れた手口を、自らの目で確かめたかった。

「旧王都でも、壊せば何か思うもんがあるかと思っていたが、なんもねえな」

「そうですか」

「欲しいもんがあると、やっぱ駄目だ」

「それは、どういう?」

「それしか、見えねえっつー話だ」

 書庫の中は、想像以上に荒れ果てている。埃を被り、虫に食われた竹簡(ちくかん)や巻物が、無造作に山と積まれている。赫燕(かくえん)は、苛立ちを隠しもせず、その山を蹴り崩していく。

「……くだらねえ。勝利者の書き残した、ただの『おとぎ話』ばかりか」

 朱飛(しゅひ)が、崩れた中から、比較的状態の良い巻物を拾い上げ、その表題を読む。

「『夏国(かこく)討伐(とうばつ)之記《のき》』……」

「は、討伐だと?」

 赫燕(かくえん)は、それを朱飛(しゅひ)から受け取り、目を通す。そこには、予想通りのものが記されていた。夏国の王の「暴政」。民の「解放」への喜び。

「……こうして歴史は創られるってか。暴君の(そし)りを受けた者が、どんなやつだったかを知る人間は、存在しないことが多いからな」

 赫燕(かくえん)は、その巻物を壁に向かって力任せに叩きつけた。竹簡(ちくかん)が砕け散り、ばらばらになった木片が、床に虚しく散らばる。

 その時だった。崩れた書簡の山の中から、一巻だけ、明らかに異質なものが、ころりと転がり落ちた。それは、武骨な軍記物ではない。色褪せてはいるが、上質な絹で装丁(そうてい)され、金泥(きんでい)で文字が記された豪奢(ごうしゃ)な一巻。

 朱飛(しゅひ)がそれを拾い上げ、その表紙に記された文字を読んだ。

「……『元后(げんこう)崔氏(さいし)崩御(ほうぎょ)記録』?」