盤上の石は、殺されるためだけにあるのではない。脳裏に、赫燕の最期の問いが蘇る。
『お前の正義は、何を守った?』
守ったもの。それは、ある。正義も、民も、妻も。自分は確かに守るべきものを選んできた。
(そしてそれは、あの男が、「私が選ぶ」と確信していた道だ)
だから、今、ここに己がいて、毒杯が目の前にある。死は、終わりではない。奴らが気づかぬ間に打った、盤上最後の一手。
——ズズ、ズズズ……
その時。微かな、しかし地底から這い上がるような振動が、石床を通して伝わってきた。雷ではない。地震でもない。それは、西から押し寄せる、怒れる軍勢の足音。
「……ふ」
崔瑾は、その音を聞き、今度はゆったりと歓喜を込めて微笑んだ。
「な、何がおかしいのです」
怪訝そうに眉をひそめる宦官に、崔瑾は何も言葉を返すことなく、迷いなく、その杯を手に取った。
「……勝利に、祝杯を」
白磁の冷たさを唇にあて、一息にあおる。喉を灼く熱さが、命を蝕む苦みと共に落ちていく。
視界が揺らぐ。指先の痺れが肘へと上ってくる。薄れゆく意識の中で、最後に瞳に映ったのは、ただ一人。妻、玉蓮の、あのあまりにも美しい貌。
かつて戦場で見た時のように、闇の中でなお気高く咲き誇る白菊のように。あまりにも清らかで、あまりにも可憐に、この世のものとは思えないほどの輝きを放って微笑んでいた。
(——どうか、生きてください)
指から力が抜け、カラン、と乾いた音が遠くで響いた気がした。意識は、降り続く雨の音と共に、深い闇へと溶けていった。

