ただ、目の前の劉永の瞳が、哀しそうに揺らめいたのだけが見えた。

「毒を制するには、毒をもってしか成せません」

大きく息を吐いた劉永が、いつものように玉蓮の小さな肩をすっぽりと包み込む。彼の大きな手が彼女の体を優しく抱き寄せ、その温かさが胸に染み渡るように広がっていく。

玉蓮は口を固く結んだ。彼の胸に押し付けられた頬が、熱く濡れていくのを止められなかったから。せめて声が漏れ出ぬように唇を強く、強く噛む。

「玉蓮。僕は……きみを待っているからね」

劉永が、あの夕焼けの日と寸分違わぬ声で囁く。その言葉に、手の温もりや、茜色の光に透けた彼の髪の記憶が、一度に胸に流れ込んできた。

「……永兄様、わたくしが都の者たちに、なんと(うた)われているかをご存知でしょう。わたくしを妻にするなど、許されません……」

「この気持ちは、ずっと変わらないよ」

あの日と同じ、穏やかな夕暮れ。鳥のさえずりが遠くに聞こえ、風がそよぐ音だけが、やけに大きく耳に残る。

「永兄様……あの日からずっと、守ってくださったこと、決して忘れません」

抱きしめる腕の強さが増していく。その強さと温もりが何かを膨らませようとするから、堪えるように、奥歯を思い切り噛み締めた。

この温もりに身を委ねることも、この優しい手を取ることも、許されないのだから。あの男の喉元へと届くために。