闇を抱く白菊—天命の盤—復讐姫は、殺戮将軍の腕の中で咲き誇る。

◇◇◇ 崔瑾(さいきん) ◇◇◇

 ぽたり、ぽたり――。遠い雨の音が、石壁の奥で細く鳴っていた。重い金属音が響き、牢獄の扉が開く。湿った闇の中に現れたのは、闇に溶けるような鈍い緑青(ろくしょう)色の衣をまとった一人の老宦官だった。

崔瑾(さいきん)殿」

 ゆっくりとその頭が下がり、ふわりと能面のような穏やかな笑みが宦官の顔に宿った。

「お調べ……ご苦労にございます。ご安心を。今夜のうちに記録・写しは全て改められます。夜明けには皆『相違なし』で揃いましょう。不審な写しがあれば、これより徹底的に探させ処分いたしますゆえ」

 その皺だらけの手には、一つの白磁(はくじ)の杯。

「……賜盃(しはい)にございます」

 宦官(かんがん)の袖口から、伽羅(きゃら)の香がかすかに漂った。その香りと、抑揚のない声が告げた一言に、崔瑾は頷く。

「……やはり太后(たいこう)、あなたか」

 唇から漏れた声には、もはや驚きも絶望もなかった。全ての線が繋がり、自らが描いた終着点に至った者の、澄み渡るような諦観(ていかん)だけがあった。

 宦官は感情を削ぎ落とした声で言葉を発する。主の言葉を再生する、精巧な人形のように。

「『見事であった、崔瑾』」

「『白楊(はくよう)の獅子を討った、そなたの正義は称えよう』」

「『だが、そなたの愛はあまりにも愚かだった』」

 宦官の声が、石壁に反響する。

「『脅威は消えた。盤の上に、もはや、そなたは要らぬ。見えぬはずの真実に手を伸ばした英雄には、静かな最期を賜れ』と。……有り難き、温情にございます」

 宦官はそう締めくくると、もう一度、(うやうや)しく杯を目の前に差し出した。揺れる液体が、蝋燭の火を映して妖しく光る。

 この国の正義を信じ、民を守ろうとしたその志さえもが。あの醜悪な女の壮大な盤の上だったのだろうか。

(——いや、違う)